韓国映画「酔画仙」を見て
 これは04年から05年にかけて岩波ホールで上映された韓国映画「酔画仙」のパンフレットに寄稿した原稿です。「酔画仙」はほとんどの方が見てないと思います。評判もいまいち盛り上がらなかった映画ですが、ボクは面白く見ることができました。参考までに、読んでいただけたら嬉しいです。

 林権澤監督の映画「酔画仙」には印象的な場面がいくつもあったが、朝鮮時代の首都・漢陽(いまのソウル)、鐘路の情景にはふしぎなほどに郷愁をかきたてられ、韓服を着た人々で賑わう路地越しに見える北漢山の風景に胸が熱くなった。
 韓国が半分の祖国である僕には叶わぬ夢があった。それはタイムスリップでもして朝鮮時代のソウルの都を歩きたいという単純なものだ。まだ、半島を窺う日本の影も薄く、清の影響もそれほどではなかった時代の朝鮮。長い王政のほころびがあろうとも、儒教の弊害が社会を閉塞させていようと、朝鮮が朝鮮であった時代のソウルを歩きたいという夢だ。
 
 何年か前に北漢山に登ったことがある。景福宮の裏手、大統領官邸の青瓦台の裏手を迂回して少し行くともう北漢山の登山道に出る。低いわりには魁偉な風貌をもっている北漢山は登ってみてもごつごつとした岩山で、ところどころに鎖場まである。僧伽寺という寺を経由して大南門という頂上付近の稜線に建てられた城門のあたりから、かすかに煙るソウル市街を一望した時、ああ、ここが朝鮮の都だという実感があった。高層ビルや漢江にかかる大橋なども見えたはずなのだが、いまも残っている印象はまさにこの映画に出てくる漢陽の都を山上から見下ろしているような感覚だったのだ。うすく靄のかかった視界のむこうには、承業(スンオプ)が酒をあおる酒幕に集まる人々、路地を行き交う鐘路の人々の幻影が見えるような感覚だろうか。後戻りできない歴史の決して見ることの出来ない一齣を望見しているような気がしたのだ。
 
 「酔画仙」ではなにより、鐘路の路地裏の情景が好きだといえば、誤解を招くかも知れない。しかし、張承業が庶民の階級であるにも関わらず、その才能ゆえに取り立てられ宮廷画家になってさえ、帰るところは鐘路の路地の酒幕であり、妓生の部屋である。彼の魂は常に貧しく日々を生きる人々や妓生とともにあった。そうした意味では、この映画でもっとも承業の心象を顕しているのはこの路地の風景なのではないだろうか。
 
 承業が実際に絵を描く場面での絵の力も圧倒的なものがある。絵描きを主人公にした映画は数多く観てきたが、酔画仙ほど描くこと自体がリアルに迫ってくる映画は稀ではないだろうか。韓紙(ハンジ)に太い筆で荒々しく描かれ、胸をえぐるように染み込む墨痕の鮮やかな黒で始まるこの映画は、全編描くことに憑かれた天性の絵描きの絵そのもののようだ。妻との別れに際して承業の描く梅花図などはため息がでるほどの美しさだ。現実の梅の花よりはるかに匂いたつ梅を表現しているのではないだろうか。
 
 晩年の承業がふたたび巡り会った妓生・梅香(メヒャン)の作った素朴な陶器に魅せられ、山奥の陶房を訪ねる終幕の描写は切なく胸を撃つ。陶房の匠に求められて、川面に浮かぶ小船と船頭を描いた承業は、自分の描線に決して抗しきれない衰えを感じる。そして、自分の欲望のままに生きてきた承業は、若い陶工の「壺は火がつくるのです」という言葉に、絵師としての人生に決定的に足りなかったものを突きつけられる。あきらめか、悟りか、承業は「壺は火がつくる」という言葉を自分の生と引き換えに現前させるのだ。張承業というふたりといない天才が窯のなかの火によって完成される。灰になった承業が白磁の壺に比類なき釉薬として輝きを与えたなど、あり得ない話だが、不意のように観る者に渡された、極めて印象的なこのラストシーンは林権澤監督のはるかな夢の力の仕業ではないかと思う。 

 
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by kuukuu_minami | 2006-04-16 15:39


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