メキシコの桃
 この原稿はテラコッタ作品集『桃の楽々』におさめたものです。もうお読みくださった方もあるかと思いますが、「雑記帳」の埋め草として?ここに再録させていただきます。いえ、埋め草だなんてそんな謙遜はいけません。著者渾身のエッセイなんですから。ほかのエッセイや詩など『桃の楽々』に収めた文はこれからも再録していこうと思っていますが、できればみなさま、ぜひお買い求めのうえ熟読吟味してくださいますよう心よりお願い申し上げます。
 
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南椌椌テラコッタ作品集『桃の楽々』未知谷(みちたに)刊 2100円(税込み)

     
                    
「メキシコの桃」

 メキシコに心惹かれる理由は何だろう。
 陽気で人懐っこいメキシコ人のラテン気質か、アステカやマヤをはじめ多くの魅惑的な古代文明を探訪できることか、情熱と哀愁のさざめくような音楽か、インディオたちの挙措に感じる遠いなつかしさか、おそらく、そのどれにも魅了されて、僕はくり返しメキシコの空へ旅立つことになったのだろう。要するに、メキシコは僕の「愛する大地」なのだ。

 メキシコシティには「我が友クーニオ」がいる。メキシコ在住歴三十年になる愛知県瀬戸なまりの妖しい怪しい彫銀家だ。ハザマカンペイ氏そっくりの風貌で彼はメキシコの光と闇をまといながら、ときに飄々、ときに切々と生きている。
あるとき、クーニオと絵本作家のスズキコージたちと市内のドローレス・オルメドの荘園に行った。そこはディエゴ・リベラのパトロンとしてこの偉大な芸術家の創造と愛のエネルギーを庇護し続けたドローレス女史の広壮な荘園なのだが、なかにリベラが収集したメキシコ古代文明の出土品の展示館がある。

 一歩入って驚いた。そこに展示されている一群のテラコッタの表情や仕草のなんとユーモラスなこと、彼らはすべて笑っているのだ。どの時代のどの文明の遺跡から出たものか、生憎そういう細かいことに頓着しないのが我がクーニオ旅団の掟なので僕もよく覚えておりませんが、これらのテラコッタはなぜこんなにも愛らしく笑っていられるのだろう?
 もちろんメキシコの土偶たちがすべてこのようにユーモラスな表情をしているわけではない。多くは兵士の像であり、それは仰々しく飾り立てられ威圧的な雰囲気を湛えたものであり、中には呪術的な化粧や刺青を施したものも少なくない。だが、リベラがここに集めたテラコッタの像たちはことごとく笑っているのだ。こんなことがあるのか?当時すでに笑うテラコッタの作品を作り始めていた僕は心底嬉しく思ったものだ。「なんだ、オレって古代メキシコ人の末裔だったのか?」と冗談めかしてクーニオに言うと、「あたりまえでしょ、人間はみんなメキシコ人なのさ!」ととぼけて返すクーニオである。

 実際そのテラコッタの表情の豊かさは他の土地、他の国の遺跡から出土したテラコッタ土偶とはまるで違うものだった。あえて言えば、名もない人々の心理的な表情、モデルの内面の機微のようなものが刻まれているのだ。それも多くが「笑う顔」という共通したモチーフをもっている。
 メキシコには数多くの古代文明が盛衰しているが、これらのテラコッタをのこした部族がどんな死生観をもっていたのか想像するのも面白い。
 スペイン人の到来以前のメキシコは比較的平和で美しくゆたかな大地に人々のつつましい生活が営まれていたのだろう。もちろん、部族同士の戦いや、神へのいけにえに差し出されて命を落とす人間も多かった。生まれたばかりの幼児の死亡率も高かったに違いない。人生は短く、足早に過ぎてゆくのだ。
 希望的観測だが、だからこそ彼らはつねに微笑を絶やさない部族だった。静かなあいさつと他者への思いやり、これがなかったらこのように微笑を浮かべたテラコッタ像を残せるわけがない。いったいどんな陶工たちがつくったのだろう。はるかなメキシコの陶工たちの生活に想像は拡がってゆく。そしてあの猛々しいまでの風貌の偉丈夫ディエゴ・リベラがこれらの土偶たちを愛したという事実がさらに頬をゆるませるのだ。

 この荘園でリベラの収集したテラコッタに触れたことが、僕のテラコッタ制作の大きな励ましになったこグとは間違いなく、これからも続くだろうメキシコ行脚の忘れがたい一歩となったのだ。

 グラシアス! メヒコ! グラシアス! ディエゴ・リベラ!


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by kuukuu_minami | 2006-04-25 23:29


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