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熊ん蜂の襲来
絵本関係の友人、akaneさんのブログに茂田井武さんの俳句を紹介するページがあります。
茂田井武は絵本や挿絵の世界で素晴らしい仕事を残した、僕の大好きな作家ですが、絵ばかりでなく文章もスンバラシイ!のです。
架空社から刊行された『夢の絵本』はたしか<全世界子供大会への招待状>という副題がついた絵物語ですが、なんとも粋な文章とそこに付された挿絵の見事さに、僕の蔵書宝物の部のなかに堂々とランクインしています。(その割にいま探してみたのですがちょっと見つかりません。宝物はすぐには出てこないのです)

akaneさんが紹介してくれた茂田井武の俳句にこんなのがありました。

  友は見る 熊ん蜂の藤の花めぐるを

この句を読んで、すぐに『夢の絵本』を思い出したのです。
茂田井武の絵や文章に僕が感ずるもののひとつが、友だちの視線というのか、友愛ということばがふさわしいでしょうか、たとえそこに友の姿がなくとも感じられる友情というものの尊さ・・・。

熊ん蜂が藤の花のめぐりを飛び回ってるさまを俳句にしようと思えば、

 熊ん蜂 藤の花めぐって去るゆうべ  (椌椌の駄句ですまん!)

のような句でもいいのでしょうが、ここに友の視線、すがたを入れることで、熊ん蜂が藤の花のめぐりを飛んでいる風景にふしぎな広がりが生まれますよね。
なにげない句ですが、ボク的には痺れるような句なんです。

(ちなみにakaneさんが作ってらっしゃる「茂田井武びじゅつかん」という素敵なHPがあります。そのなかの「談話室」から茂田井さんの俳句紹介のページを訪ねることができます。まずは、びじゅつかんへどうぞ! URLは以下の通りです。)
http://poche.with.mepage.jp/motai/

で、ここから「熊ん蜂の襲来」という本題に入って行きます。

今年の4月中頃のことですが、真夜中2時頃自宅アトリエで仕事をしていたボクの背後で突然すさまじい羽音がしたかと思ったら、真っ黒い熊ん蜂がうなりをあげて襲ってきたのです。
我が家に来たことのある方はご存じのとおり、アトリエはテラコッタの制作も出来るように土間になっています。外からは地続きなんですね。でも、その時間は戸も窓もちゃんと閉じられており、外部から熊ん蜂が襲来できるような状態ではなかったのです。
にも関わらず、ボクのアトリエで大きな熊ん蜂がぶんぶんぶんぶん(脳のない擬音ですが)飛び回っているのです。血の気が引くとはこのこと、もし刺されでもしたら運が悪ければ、くうくう昇天ざまあみろ状態、になってしまうかも、なのです。

ところが、その熊ん蜂君飛び回ってるうちに壁にあたって床に落っこちてひっくり返ってばたついて、また飛びあがって壁にぶつかって落っこちてみたいなこと繰り返してるうちに、たまたま作業台の上にあったクレパスの紙箱に入ってしまったんですね。機敏で鳴るボクはすかさずアクリルの透明な板をその蓋にかぶせて、中の熊ん蜂君を観察してみたらその美しさは尋常じゃありません。黒という色があんなに美しいとはついぞワタシは知らなかったといっても過言じゃありません。胴体の艶のある黒、体毛の強く張りのある黒、気品があるんですよ、熊ん蜂君。

心やさしいボクは考えました。ここに囚われの身となった熊ん蜂君の生死を分かつ鍵はボクが握ってるわけで、このまま朝まで明日までこの箱のなかに入れておいてもいいのだどうしよう?やはりここは外に逃がしてやるべきだと、その箱を持ってガラス戸をあけ熊ん蜂君を逃がしてあげたのですよ。真っ暗な闇夜に真っ黒の熊ん蜂が飛び立ったのはその羽音でわかったのですが、どこをどう飛んでいったのかは分かりませんでした。

ボクはちょっと胸の動悸を感じながらも、感心なことに新しくでることになった絵本の原画を描く仕事に戻ったのでした。

まだ続きがあるんです。

それから10日くらい経った深夜の2時ころのことです。
ボクは感心なことにまだ絵本の絵を描き続けていました。
ラジカセからは古今亭志ん生の落語「替わり目」が流れていました。
するってえと、またまた背後ですさまじいうなり声が聞こえるんです。あれはホバーリングというのでしょうか、この前の熊ん蜂君かまた別の熊ん蜂君かはわかりませんが、えらく活きのいい熊ん蜂がぶんぶんぶんぶん(芸のない擬音ですが)飛び回ってるじゃありませんか。ボクは全身鳥肌状態になって窓の外に飛び出して空高く・・・いや正直怖くなりましたね。10日前の事件のあと、もしや巣でもと、アトリエの中をくまなく点検してあったにも関わらずですよ。

このときはボクは鬼になりました。
生きるか死ぬかの瀬戸際には人間は鬼になることを選ぶのだと我が身ながらに知ったのです。この夜の熊ん蜂君も飛び回っては壁にあたって落っこちてひっくり返ってばたついているのです。美しいわりには熊ん蜂ってアホなんでしょうか?ボクはひっくり返った熊ん蜂君の上に履いていたサンダルを振り下ろしました。こういうことは飲食店経営者として、やはり黒いゴキブリ君退治で慣れていたので、一発命中でこの熊ん蜂君は昇天してしまいました。友情も友愛もないもんですね、茂田井さん。

それにしても、熊ん蜂君はどこから襲来してくるのだろう?
昼のあいだ戸を開け閉めしてるうちにさっと入って来て、深夜襲来の機をうかがっているのか・・。考えても考えてもわかりません。
2度あることは3度あるかも、と思いながらもまさかと思い、ボクは感心にもふたたび絵を描きはじめました。

3度目はすぐにやって来ました。
ものの20分も経ってなかったと思います。
志ん生の落語は3席目の「水屋の富」になっていました。
するってえと、これまでの2度とまったく同じ背後から、まったく同じぶんぶんぶんぶんといううなり声をあげながら、凝りもせず熊ん蜂君が襲来して来たのです。

な、なんなんだあ!!
このうちは熊ん蜂に呪われているのか?
ボクはまたしても鬼にならなければならなかったのです。
この熊ん蜂君もやはり壁に当たって落っこちてひくり返って・・・アホなのか無垢なのか、なんかボクの内に悲哀の感情さえ湧いてきましたが、仕方がありません。さっきと同じようにボクはサンダルを振り下ろしました。
3匹目の熊ん蜂君もあっという間に昇天されました。
ほかにボクのとるべき道はあったのでしょうか?深夜の密室状態で大きな熊ん蜂に襲われたたら、誰だってサンダルを手に取るのではないでしょうか。

さて、この時点でボクにすべきことは原因を探ることしかありません。
どこかに巣があるとしか考えられないのです。

だらだらと長くなってしまったので、結論を急ぎましょう。
原因がわかりました。
アトリエのボクの座る椅子の後ろに、かなり大きな木の切り株を中華鍋状のかたちに切ったものが置いてあります。檜原村に住む、書家であり陶芸家である藤原ジトさんから借りてある陶芸作業で使う道具です。前から気がついていたのですが、その板に直径7mmくらいの穴があいています。その穴を覗いててみたことはないのですが、このとき、ボクはその板を上下に強く振ってみました。すると中から例のぶんぶんという羽音が聞こえてくるじゃありませんか。

これかあ!これが巣だったのか!

熊ん蜂の習性は知りませんが、こうした木の穴を巣にすることもあるらしいのです。
この木は少し前までは外に置いたままにしていたので、いつのまにかそこに親熊ん蜂が卵を生み付けていたのでしょう。
そこから3匹、いやその後アトリエを掃除したら2匹の死骸も見つかったので、少なくとも5匹の熊ん蜂君がボクのアトリエで孵化したことになります。
ということは、ボクは孵化して初めてのホバーリングのあと飛び立ったばかりの熊ん蜂君を強引に彼岸へと旅立たせてしまったのでしょう。やんぬるかな・・・。

この板のなかでうなり声をあげていた熊ん蜂君はそのまま外に出したので、どこかへ飛び立ったかも知れません。翌日、板を振ってみても音はしませんでしたから。

こうして、この春の熊ん蜂襲来事件は一件落着したのでありますが、ボクとしてはいかなる時にも鬼にはなりたくないものだと、今はそう思っている次第です。

ああ、長々と書いてしまったなあ。
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by kuukuu_minami | 2006-05-13 18:24