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ダラムサラの中原君より
ダラムサラの友人、中原一博からこんなメールが届きました。
3月28日付けのメールです。
亡命政権と難民のためのNGO・"Lung-ta project"のHPの日本事務局のページのさらに「ちべろぐ@うらるんた」に日々掲載されているダラムサラレポートの一文です。2点の写真が貼付されていました。文中にある少年の描いた絵です。「ちべろぐ」で見るより鮮明だと思います。

(以下、中原君よりのメール本文)

法王はデリーで、この時期悠々と四日間「空の教え」について
講義されていたようです。
先ほどのBBCでラサのジョカン寺の僧侶が涙ながらに記者団に
訴えるシーンが流れました。彼らは記者団が去った後、間違い
なく逮捕され、酷い拷問を受けることでしょう。哀れなことで
す。
それに続き、法王がデリーで「この21世紀の現代に嘘は通じ
ない」との発言が流れました。
そうあってほしいものです。
特にメディアには頑張ってほしいものだと、、、

今日は朝方、ネルレンカン(難民一時収容所)に行って来まし
た。
屋上に小さな子供たちが集まって、みんな絵を描いていました
。その後ろには獄中27年のあのアマアデさんが、じっと座っ
て子供たちの様子を眺めていました。

壁に貼られていた子供たちの絵があまりにいい?ので全部写真
に撮りました。一部送りますがいつか全部送りたいです。日本
で見せられるとといいと思います。

楽しい絵は残念ながら全くなくて、チベットでチベットの僧侶
が殺される絵、デモでつかまり連れて行かれるところ、家族が
泣いているところ、雪山を越える途中で撃たれるチベット人と
かです。

そこには10人ぐらいの子供たちがいました。中の二人に話を
聞きました。

その中で一番年長と思われるソナム ノルブはナクチュの出身
14歳。5日前にダラムサラに着いたそうです。
去年の9月一度xxx経由で越境を試みたが、途中で捕まり
、二度目の今年はxx経由で無事成功したそうです。
去年の話を少し詳しく聞きました。
ラサに集まった越境グループは65人。内5歳から15歳まで
の子供が25、6人いたそうです。
ラサからティングリまでは車で行き、そこから徒歩。歩くのは
夜。暗がりで子供がいなくなったりしてなかなか進まない。5
日目の昼、みんなで昼食をとっていた時、突然中国の警察隊が
大勢現れ、全員逮捕された。
ティングリの拘置所に5日入れられ、それからシガツェの監獄
に送られた。そこに半月入れられたあと、子供たちはみんな解
放された。でも大人たちはそのままだった。そのとき1000
人ぐらいのチベット人が同じように捕まって監獄にいるのを見
たそうです。
その後村に返されたけど、何度も警察が来るし、嫌なことばか
りされるので、両親はラサに移り自分もまたインドに送られた
のだ、と話していました。今ラサが大変なことになっていると
みんなが話してる。ラサにいる両親のことが心配だとも話して
いました。
よく勉強して、将来はチベット語の先生になって、故郷に帰り
チベット語を教えたいとか、、、、ううん。

もう一人はカム出身のイシェ ツェリンくん10歳。彼だけは
僧衣を着ています。これから南のセラ僧院に行って勉強するの
だそうです。
彼も二度目でやっとここにたどり着いたのだそうです。
去年の夏、両親と3人、家族だけで、カイラス山の近くからネ
パールに越えようとしたのですが、何日か歩いた後、途中道で
会った外人の旅行者がこの先にはたくさんの中国軍がいるから
行かないほうがいいと言われ、諦めて引き返したそうです。
今年は自分だけインドに行って僧になり、勉強するように言わ
れて、また越えようとした。今度はxxの近くまで車で行き、
そこからは夜歩いた。途中大きな川に丸太が二本掛けてあるだ
けのとこを渡るときは怖かった。もっと小さい子は大人の背中
に負われて渡った。中国の警察が追いかけて来るような気がし
て怖かった。お腹がすいた。外で寝るのは寒かった。とも話し
ていました。
今はダラムサラに着けてうれしい、早くダライラマ法王に会い
たいそうです。
お母さんに会いたくないか?帰りたいとは思わないか?と聞く
と、今帰ったら殴られるから帰らない。ちゃんと勉強するまで
は帰るなと言われてる、とのことでした。

今も子供だけで毎年1000人近くの難民が、中国の支配を嫌
い命がけで越境して来るのです。

最近日本でも雪山を超えて来る亡命者に中国軍が無差別に発砲
する映像が流れたようです。
jp.youtube
に<中国軍がチベット人巡礼者を無差別に打ち殺す映像>と題
して載っています。
これはたまたまその近くにいた、外国登山隊が撮影したという
貴重なものです。ぜひまだ見ていらっしゃらないならご覧くだ
さい。

写真添付します。
一枚の絵は、僧侶がダライラマを非難するよう強制されている
という絵です。中国の警官が法王の写真を踏みつけています。
実際この<ダライラマを誹謗しないと僧になれない>という制
度に対する怒りが、今度の騒動の大きな原因のひとつと考えま
す。
もう一枚の絵は峠を越えるとき、チベット人が中国軍に打たれ
て倒れるという絵です。

ダラムサラでは今日もデモが今からあります。
ハンガーストライキや寺での夜通しの念誦会も続いています。

きょうはこんなとこです。

ルンタプロジェクト中原



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by kuukuu_minami | 2008-03-28 21:08
いまチベットで起きていること。
 mixiの日記に書いた文章です。取り急ぎ、そのまま転載します。

 いま中国のチベット族の人々が受けている受難について、多くの方が胸を痛めています。親しい友人がチベット亡命政権のある北インドのダラムサラに住んでいることもあり、以下の文章を複数のマイミクさんの日記へのコメントとして昨日と今日と書きました。重複するマイミクさんも多いですが参考までに読んでみてください。

北インドのダラムサラに20数年住んで、亡命政権と亡命者のために働いてる友人がいます。早稲田大学の卒論でランボー論を書き、アルジェリアの日本企業通訳で稼ぎながら放浪し、インドのラダックでチベット文化に深い関心を持ち、早稲田の建築科に入り直しチベット建築をほとんど独習して、ダライラマに呼ばれてダラムサラに住みつき、亡命政権の学校や寺院、ダライラマの居宅などダラムサラの主要な建物をたったひとりで設計してきた男です。彼は日本に帰って来ると必ずうちに何泊かしてゆくのですがホントにフツーでスゴイ奴なんです。彼が中心になって立ち上げたチベット難民のためのNGO・ルンタプロジェクトのHPが↓ です。このところあまり更新してませんが、ダラムサラがどんなところかちょっとわかります。
http://www.lung-ta.org/
いま、彼の携帯に電話したのですが、集会のさなからしくあまり話ができませんでした。遠くでスピーカーの声が聞こえていました。あとで詳しく話が聞けると思います。

ダラムサラに住んでいるチベット人はほとんどヒマラヤを徒歩で越えて亡命してきた人たちだということです。
毎年2000人くらいの人々が峻険なヒマラヤの峰を粗末な身なりのまま、中国国境からネパールに入りそしてインド領のダラムサラにたどり着く旅をして来たのだそうです。中国とネパールの国境は警備隊の監視が厳しく夜間しか歩けないらしいですが、彼らはもちろん登山靴など持っていません。そのなかには女性や10歳前後の少年たちも多くいます。
ダラムサラの難民センターのようなところに収容された亡命者はしばらくの後、インド各地の難民キャンプに向かってゆくらしいです。
ボクはダラムサラには行ったことがありませんが、デリーのキャンプには行ったことがあります。もうかなり整備されていてインド社会にもとけ込んでいるように思えましたが、最近ではインド政府の対応もかなり硬化していているとの話も聞いています。

ダラムサラに住む友人から聞いたはなしですが、あるとき亡命者のおばあさんがダライラマの眼をじっと見て、「チベットはもとのチベットに戻ることができるのですか?」と震える声で尋ねたそうです。友人もすぐそばにいたのですが、その時ダライラマは一瞬の間のあと、両手でおばあさんの手を握り、「ウワッハッハッハッ!」と大声で笑ったらしいです。おばあさんは泣きながら手をあわせていたそうです。
友人は楽しそうにその話をしてくれたのですが、ボクは笑いながらも涙が出てきて仕方がなかった。
ダライラマはきっと「笑ってごまかした」に過ぎないのかもしれませんが、笑ってごまかすことの深淵・・っていうのも感傷的すぎる深いものがあったような気がしてます。

そうそう、「ダライラマってどんな人?」って友人に聞いたら
「いつも笑ってるよ」って言ってましたね。
そんなダライラマが中国国内で暴動を扇動して結果的に多数のチベット人の死者を出すようなことをすると思いますか?
温家宝の強弁に騙されるほどの馬鹿は多くないと思いますよ。

http://www.lung-ta.org/
ダラムサラの友人が立ち上げたNGO、ルンタプロジェクトのHPです。

http://lung-ta.cocolog-nifty.com/lungta/
これはその中の掲示板、たったいまの中国とダラムサラのことが書き込みされています。
さっき、ダラムサラの友人からの電話ではダラムサラは怒りと悲嘆で緊張状態が続いているそうです。

http://jp.youtube.com/watch?v=0VRneGYpaXc
これはyoutubeのフランスのTV局?が作った現代チベットの歴史を辿った映像。55分ありますがぜひ見てください。

きっと探せば何が真実なのか、さらに多くの情報が得られると思います。

http://www.lung-ta.org/testimony/jampa.html
ここには亡命してきたチベット人の魂にふれるような証言が書かれています。長いですがぜひ読んでください。
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by kuukuu_minami | 2008-03-18 23:02
マダムシルクともも姫と黒板五郎子

今年の冬は寒かったですね。
ずっと風邪っぴきだったのですが
やっと咳から解放されました。ほっ!

「まめ蔵」もリニューアルオープン後、いい感じでひと月が過ぎました。この間、いろいろ試行錯誤もしてきましたがほぼ決まり、かな。明るくフレッシュな春っていいもんです。

さて、ようやく落ち着いたところでまじめに絵の世界で遊んでみようと思っています。個展は6月までありませんが、新しい絵本、がんばってみるのです。

きのうは池袋で友人のお芝居「劇団40カラット」を観て
終わってから音楽担当の渡辺勝ときんちゃんと3人で西口の「マダムシルク」で飲んだ。
勝ときんちゃんとは同じ池袋の大学でいっしょだったからもう40年の付き合いです。ふたりとも音楽の世界ではすごくいい仕事をしてる友だち。この前の高田渡生誕会に出演した多くのミュージシャン(延べ9時間・全部聴いた)のなかでも勝のピアノ弾き語り「夕暮れ」(高田渡作曲・黒田三郎・詩)はボクのなかではベスト1でした。
「マダムシルク」もボクたちが大学に入った年にオープンした店で当時からずっと40年間通ってる店。ママのさっちゃんは奇跡的に40年間いつもまったく変わらない長い髪と黒づくめスタイルで迎えてくれる。スタイルはジュリエット・グレコみたいだけど笑顔がやさしくて山形なまりが素敵な美人!昔はよくデモや集会のあとこの店でくだらない駄洒落合戦やってたもんです。ホント、アホ学生でした。去年場所がちょっと変わったけど雰囲気はまったく同じで、なごんじゃうわけです。

ま、絵にまじめに取り組むといっても、こんな感じで遊んだり落語聴いてガハガハしたりの来し方行く末・・・ことしも(もう3月だけど)よろしくお願いいたします。

写真上と中は庭をワガモノ顔で往来する黒板五郎子(クロイタゴロコ)女史の近影。福寿草と黒板五郎子はよく似合う。とにかくこの女史、よく食うわ!
下は我が家のもも姫の御尊影、うーん、品格ということばはこの姫のためにあるってことがよくわかりますね。マスコミの方々、無闇に品格などという言葉を使うなかれですぞ。それこそあなたがたの品格と見識が問われてしまうのであります。f0067255_2135859.jpg
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by kuukuu_minami | 2008-03-02 21:09
まめ蔵改装しました!

改装工事中だった吉祥寺「まめ蔵」が2月2日無事リニューアルオープンしました。11月のおわり頃から設計・施工のことでの打ち合わせやら新規導入の什器のことやらでかなり忙しくしてましたが、店つくりって何度やっても楽しい!
1月15日から工事に入りましたが、日々現場で作業してくれる職人さんたちがホントにいい顔してまして、彼らとはなしたりお茶したりするのがこりゃまた嬉しいのです。

昔からのまめ蔵を知ってる方はどう思われるか、イメージを残しつつあらたに再生させたような感じでしょうか。ボク的には大満足の仕上がりになりました。
設計・施工・職人さんたちにありが父さん、十ならびで感謝いたします!父さんが十ならび、つまり掛けて百ということは「百=もも」ということは、ありが桃さん・・・ああ、疲れがピーク&風邪の咳のせいでアタマ・アホ〜ンです。

とにかく、新しい店っていいもんですよ!
吉祥寺にいらしたらぜひ寄ってみてくださいませ!

新メニューの「豆まめカレー」好評です。お皿も改装にあわせてたくさん作りました。全部違う絵付けであります。
そして店内はさながら椌椌ギャラリーそのもの、絵やテラコッタの像がたくさん飾られています。
なんと贅沢に自己中を貫いたお店でしょう・・・。だって仕方ないじゃありませんか、三十年もへこたれないでやってきたんですから、どうぞ笑ってお許しをってところかな。

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by kuukuu_minami | 2008-03-02 21:00