東北沿岸地方と桐生個展と清水昶の死
久しぶりです。

わりと忙しくしてました。

5月20日から24日まで宮城県の仙台、石巻、女川、岩手県の宮古、山田町、大槌町、陸前高田、大船渡と駆け足で回ってました。

だいぶ前にこの日記でもちょっと書いた「被災地をめぐるミニサーカス隊」の実地調査?のような現地を訪ね人と会う旅でした。

東京からはひとりで行って、宮城県白石市のKさんと岩手県盛岡市のHさん、ふたりの友人に目一杯付き合ってもらいました。感謝還暦飴あられ・・。(古いね)

たくさんの避難所や保育園、小学校など訪ねました。
石巻では津波の被害とその後の火事で完全に廃墟となった門脇小学校のPTA会長さん、校長先生と市役所で面会。恵比寿のギャラリーまあるで連休中に開いていたチャリティ展の売上110万円の寄付目録を贈呈して来ました。

石巻や女川は・・・というよりこの旅で訪ねた被災地は復旧の度合いは違ってもどこも凄まじいとしか形容できない状態でした。

あまり長々と書く時間がありません。
岩手県三陸も、ただ見つめることしか出来ない光景が広がっていました。

ミニサーカス隊のことですが、7月16日に東京東中野のポレポレ坐で壮行ライブを開き(資金集め!)、10数人のメンバーでそのまま深夜バス・乗用車で盛岡に行き、翌17日早朝着後すぐに大槌町吉里吉里(井上ひさしの吉里吉里人で有名)に移動、「堤乳幼児保育園」でかなり大きなミニサーカス隊を始動することになりました。

子どもたちとのアート系色々ワークショップ、岩手の大学生による大道芸、同行するミュージシャンの野外ライブコンサートなど盛りだくさんの内容ですが、震災後吉里吉里で不定期に行われている「がんばっぺし!広場」との連携になると思います。

17日は総勢20人近くで遠野まで戻り、民宿で雑魚寝。
18日には大船渡に行き、「大船渡保育園」で吉里吉里と同様のサーカスをやって来ます。

このふたつの保育園は直接の被害は免れたものの、すぐ下の海岸沿いの集落はすっかりやられていました。
でも、保育園の保育士さん子どもたち、みんな元気だよ~!
明るくてノリがよくて、一緒に面白いことやりましょう!

18日夜には盛岡に戻り、19日夜には盛岡駅近くのライブハウス「開運橋のジョニー」でサーカス隊音楽隊の原マスミ、白鷺車海老(だれ?)向島ゆり子の強力トリオとチベットや辺境の民の歌をうたう川辺ゆかによるライブ「星めぐりの歌」を開く・・・ところまで決めました。

みなさん、7月16日のポレポレ坐ライブ、ぜひいらしてください!
フライヤーが出来ましたらこの日記にも掲載しますね。

あと・・・実は昨日2日から群馬県桐生市で個展を開いてます、
もともと織物工場だったところをギャラリー&カフェに改装したとても広い空間です。家にあった新旧かなりの作品を搬入してきました。
初めて行った桐生ですが、緑豊かなのどかなところでした。
日本の田舎はどこもこんなんだったんだなあ・・と改めて思いました。

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南 椌椌個展 「桃の人」
6月2日~26日(木金土日開廊)
会場 INOJIN工芸倶楽部
住所 群馬県桐生市境野町5-337-2
電話 027-46-1251

お近くの方、ぶらっと行ってみたい方ぜひぜひ!
でも、ボクは11日12日しか行けないかも、です。

あと、ついでに書くようなことじゃないけど、大好きな詩人・清水昶が急逝しました。吉祥寺の蕎麦屋・中清で2年ほど前までは週に3~4度会ってじゃれ合っていた仲でした。この2年ほど骨粗しょう症が進んで歩くのが難儀になり店にはほとんど顔を出さなくなっていたのですが、それでも毎日成蹊大学のベンチに坐ってワンカップの日本酒を2合、紫煙をくゆらし、本人曰く一日1000回のストレッチを日課にして、健康という範疇を度外視して飄々と生きている本物の詩人でした。

ぼくは成蹊大学は自転車の通り道だったので、中清では会えなくても相変わらずの頻度で会っていました。

「なあ、みなみさんよ~、じんるいはほろびるんだよ~」
「大丈夫、人類は滅びても昶ちゃんは滅びません!」
「なあ、みなみさんよ~、てんごくってどこにあるんだい・・」
「天国ですか・・・ああ、この成蹊のベンチが天国じゃないかな」
「そうか、うまいこというねえ」

昶さんは5月30日、お昼寝中に心筋梗塞であっという間に逝ってしまいました。
たぶんまったく苦しまないで旅立ってくれたのは救いだけど、さびしいですよ、ホント。

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写真上は、桐生個展のために作ったテラコッタ。

下は今年2月18日、手を引いて連れて行った中清での清水昶詩人。
帽子に昶さんの俳句の短冊をつけて撮りました。
いい顔してるでしょ!でも、自分のことになってしまったこの句です。
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# by kuukuu_minami | 2011-06-07 23:19
避難所をめぐって
4月22日の深夜、5人の仲間と車で東京を立って
27日新幹線でひとり仙台から帰って来ました。

3カ所の避難所と1ヶ所児童館を回って来ました。

被災地の子どもさんお年寄りのためにと友人の高橋雅子さんが立ち上げた「ARTS for HOPE」の活動に同行しての5日間。子供たちやおばちゃんおじちゃんたちと絵を描き、手を動かしながら、なんか話ができないかなというプロジェクトでした。

ただし、僕は「まめ蔵」から持っていった珈琲をひたすらいれまくっていました。
ちょっと思いついてやったのですが、これが大受けでした。「なんかいい匂いがすっから来だら、珈琲さいれてたんか・・」みたいに沢山の人がわが「まめ蔵珈琲」を飲んでくれました。

なんかとても嬉しかったのであります。

仙台の南、岩沼市の避難所二ヶ所と福島県相馬市の避難所、そして仙台の児童館に行ってきました。
津波に襲われた宮城県亘理市と福島県相馬市の海岸沿いの地域も訪ねました。
相馬市は原発から45キロのところ。人々は普通に暮らしています。

海岸沿いにはまさに想像を絶する光景が広がっていました。
テレビや映像では判らない無辺広大な土地がめちゃくちゃな暴力にさらされていました。

避難所は場所によって支援の様相も異なり、被災者のみなさんが醸し出してる空気感も違っていましたが、いちばん感じたのは東北の人々のあたたかい心深さでした。そして、子どもたちの明るさがなにより救いになってるなとも感じました。

今回はずっと付き合ってきた子どもや老人のメンタルケアを目的にしたグループの一員として行って来ましたが、出来れば息長く活動を続けたいと思っています。

もとKuuKuuのスタッフ・ショーゴは宮城県石巻市でガテン系ボランティアをやってやっぱり今日帰って来ました。

彼のレポート、ぜひ読んでみてください!
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1712760463&owner_id=9969831

写真は上から相馬市のなぎさちゃん(小学校1年生)
絵にメッセージ書いてくれました。読めるかな?
「ふくしまがなおったら きれいにまちをなおそう・・・」
なぎさちゃんはお父さんとおじいちゃんが津波にさらわれました。

中は岩沼市の避難所のおばちゃん、大きな鍋つかみを作って大きな笑顔!

下は仙台の児童館で、めちゃ楽しいお絵かき遊びでした。

宮城県白石市の小関さん、仙台市のたかはしさとみさんには多大なご助力をいただきました。
本当にありがとうございました。
仙台が実家の友人・神山貞次郎にも宿を提供してもらいました。ありがとう!

今後は「ARTS for HOPE」や東北現地のプロジェクトとも連携しながら、今回のツアーに同行してくれた美術家の荒木珠奈さんはじめ、友人たちで立ち上げた「ミニサーカス隊・キャラバン!」で息長く被災した人々の中に入って行きたいと思っています。

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# by kuukuu_minami | 2011-04-28 12:12
恵比寿だよ全員集合!
5月3日から8日まで東京恵比寿の「ギャラリーまある」で震災支援の展覧会が開かれます。
70人の大所帯ですが、それぞれハガキサイズの作品を展示即売いたします。
ワタクシも出展させていただきます。
できるだけ多くの方のご厚志を賜りたく・・・。

3日〜5日は 小さな小さなギャラリーでの膝つき合わせての記念ライブもあります。
3日と5日はすんばらしい友人たちが歌ってくれます。

ワタクシの作品は「うちのももちゃん」可愛いでしょ?

♫ ♫ ♫

東日本大震災被災地支援・チャリティー展
みんなの願いひとつのこころ
  
2011年5月3日(火)〜5月8日(日)
ギャラリーまぁる
Open:12:00~19:00(最終日は16:00まで)
〒150-0013
東京都渋谷区恵比寿4-8-3
神原ビル1階
Tel&Fax.03-5475-5054

72名の作家によるポストカードサイズの作品の展示
売上げ金は全額を被災された東北地方の子ども支援に寄付いたします。  

イベント案内
   初日(5月3日)オープニングライブ 白崎映美さん、原マスミさん 他
   5月4日 14:00〜14:30  岡村美帆さんによるオカリナ演奏
   5月4日 16:00〜 メイキングブックスによるハワイアンライブ
   5月5日 17:00〜19:00 松倉如子さん+渡辺勝さん(オリジナル曲 他)
    川辺ゆかさん(日本の歌、チベットの歌 他)

参加作家(敬称略)

青山みるく 東逸子 あずみ虫 荒井良二 荒木珠奈 姉歯公也 池田あきこ 井筒啓之 市居みか 伊藤正道 植田真 宇野亜喜良 大久保草子 大野隆司 大畑いくの 小倉正巳 奥勝實 岡田千晶 加藤龍勇 門坂朋 管野研一 北見隆 国井節 国武将 倉部今日子 こうのりうすけ  ささめやゆき 河野理枝 後藤範行 佐藤敦子 芝犬助 篠崎三朗 下谷二助 スズキコージ 竹内通雅 竹田邦夫 田沢千草 橘春香 たなか鮎子 谷口周郎 田村セツコ 槻城ゆう子 寺門孝之 なかがわみさこ 中野真典 中村豪志 中村みつを 鯰江光二 ナムーラミチヨ 野村たかあき 野村辰寿 野村直子 はまぐちさくらこ 原マスミ ひらいたかこ 舟崎克彦 松成真理子 松並良仁 まつやまけいこ 丸山ゆき 南椌椌 峰岸達 森キヲノリ 山口はるみ 山口マオ 山田心平 山福朱実 山本祥子 山本正子 よしざわようこ  渡邉知樹
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ギャラリーまある
http://galeriemalle.jp/

(追記) 結果、72名の作品は完売しました。
ライブや募金箱のカンパを含み、1.101.000 円を石巻市門脇小学校に寄付いたしました。(石巻の日本酒蔵元「一ノ蔵」の山田好恵さんが尽力してくださいました。)
なぜか、代表として椌椌さんが石巻を訪れ、門脇小学校の校長先生とPTA会長さんに目録を手渡してまいりました。
 
   
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# by kuukuu_minami | 2011-04-21 22:50
3月11日のあとの日記より
東日本大震災で被災されたすべてのみなさま、心よりお見舞い申し上げます。
復興までの道のりは長く苦しいものになると思いますが、一歩ずつ確かな時間を積み上げていってほしいです。非力ながら自分に出来ることをしていきたいと思っています。

この間、mixiでは何度か日記をアップしてきましたがこのブログには反映させていませんでした。

時系列が前後するかも知れませんがいくつかの記事をまとめて掲載いたします。
また長くなってしまいましたがちょこちょこ読んでいただければ嬉しいです。
なお、ブログ中に見ていただきたいサイト、youtubeの URLを載せていますが、それをクリックしてもページが開かないときはお手数ですが、URLをコピーして検索して見てください。


3月23日の日記より

何度も書かせていただいてますが
毎週水曜日に通ってるH福祉園にきょう行って来ました。

11日の地震が起こったときはパニックになった子もいたようですが
いまそのことを覚えてるのかいないのか
みんなきわめて平穏に過ごしています。

それがたまらなく愛おしく慰めになります。

マイミクのkarikoさんが紹介していた山之口貘の詩「羊」を読んで
福祉園のYくんのことを思い出しました。
彼は重度のダウン症の子ですが
ときどき洩らす秘めやかな笑みは
「羊」の笑みなんじゃないか?

絵はY君が描く絵をモチーフにして月桃が描いた「ユメミテル」です。

 「羊」
           山之口貘 

食うや食わずの
荒れた生活をしているうちに
人相までも変って来たのだそうで
ぼくの顔は原子爆弾か
水素爆弾みたいになったのかとおもうのだが
それというのも地球の上なので
めしを食わずにはいられないからなのだ
ところが地球の上には
死んでも食いたくないものがあって
それがぼくの顔みたいな
原子爆弾だの水素爆弾なのだ
こんな現代をよそに
羊は年が明けても相変わらずで
角はあってもそれは渦巻にして
紙など食って
やさしい眼をして
地球の上を生きているのだ    

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3月25日の日記より

海外で報道されている写真です。
karikoさんから教えてもらいました。

http://www.boston.com/bigpicture/2011/03/japan_-_new_fears_as_the_trage.html

東京にいれば不安は不安でも、友人と会っちゃ酒が飲めて
いつも以上にアホな冗談まき散らしていられます。

きょうこの写真見てはじめて大泣きしてしまいました。
オレたち無力過ぎます・・・。

3月26日の日記より
地震の次の日だったと思いますが
うちの人と
宮澤賢治が生きてたらどうしてるかなと
話し合ったことがあります

「きっとオロオロ倒れるまで避難所を回ってるよね・・・」

これもkarikoさんが引用している詩です。
宮澤賢治は大好きでこの詩も読んだことがありました。

 一人づつぶつかつて
 火のついたやうにはげまして行け

でも、ここまで読んだら一気に涙があふれてしまいました。
おっさん!泣いてどうすんじゃ?!
このところ涙腺がゆるんで困ります、がんばらないと!


作品第1088番  
           宮澤賢治

                 
もうはたらくな
レーキを投げろ
この半月の曇天と
今朝のはげしい雷雨のために
おれが肥料を設計し
責任のあるみんなの稲が
次から次へと倒れたのだ
稲が次々倒れたのだ
働くことが卑怯なときが
工場ばかりにあるのでない
ことにむちやくちやはたらいて
不安をまぎらかさうとする
卑しいことだ
    けれどもああまたあたらしく
    西には黒い死の群像が湧きあがる
    春にはそれは
    恋愛自身とさへも云ひ
    考へられてゐたではないか……
さあ一ぺん帰つて
測候所へ電話をかけ
すつかりぬれる支度をし
頭を堅く縛つて出て
青ざめてこはばつたたくさんの顔に
一人づつぶつかつて
火のついたやうにはげまして行け
どんな手段を用ひても
弁償すると答へてあるけ

(宮澤賢治の詩はこのサイトでほとんど読むことができます)
http://www.ihatov.cc/poems.htm
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3月28日の日記より

ちょっと前の日記の
海外メディアの流している写真映像を見て
「オレたち無力すぎる・・・」って書いてしまいましたが

無力には違いないけどできることはないか?
みんなそう思っていると思います。

で、とりとめなく思いついたこと。

子どもが好きで、わりと垣根なく子どものなかに入っていけるので
友人たちとグループ組んで被災地の子どもたちのために
絵本や紙芝居、人形劇なんかを見せてまわるミニ・サーカス隊をつくる。
そこには、ミュージシャンもダンサーも随時加わってもらう。
ワークショップだってできますね。

ギャラリーでの震災支援チャリティー展覧会に積極的に参加する。
決まってるのは
5月2日〜8日 恵比寿のギャラリーMalle

まめ蔵での経験を活かして
避難所近くで「掘っ立てカレー屋」を開き安〜く提供する。
作り方をどんどん教えて地元の人の開業支援をする。
それで例えば宇都宮が餃子の町だったら
三陸はカレーだっぺ!みたいなことできないか・・・。(夢でか!)

あとはまめ蔵の募金箱にどんどん入れてもらって
どんどん寄付する!

まめ蔵にいらしてチョーダイ!(宣伝は大事!)

いま、ネットで放射能を除去分解するという
ひまわりや菜の花のニュースが出まわってますね。
ひまわりはひとつのニュースソースからどっと広がって
「どうかな?」という感じですが

チェルノブイリの「菜の花プロジェクト」のレポートは
とても興味深いです。
http://www.chernobyl-chubu-jp.org/pg156.html

ネパールでも菜の花=からし菜の黄色い畑が広がってましたが
黄色に秘められたパワーは心にもすっと届きます。

これからは黄色を多用して絵を描くか!
無力だけど少しならなにか出来るかも!

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4月5日の日記より

おととい盛岡と仙台の絵本プロジェクトに送った絵本の箱を
きょう仕分けしてくれた盛岡の高校2年生の女子から
びっくり嬉しいメールが届きました。

サイン入りの自分の絵本もかなり入れたんだけど
たまたまその絵本やサインを見て
送り主が本人だってわかり
その場所でボランティアしてた人たちに伝えてくれたらしい。

みんなすごい喜んでくれたそうです。
きっとHPを探してメールくれたんだろうと思います。

こんなことってあるんですね。
この前書かせてもらった避難所を回るサーカス隊についても
具体的な展開がありそうなんですが
現地の若者の助言も受けられそうです。

こんなアホなおっさんでも人に喜んでもらえると
涙ちょちょぎれてしまうのでありました。

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まゆきすとさんの日記を引用させていただきます。
まゆきすとさんは15年くらい前に富士通から出版されたCD-Rom版『銀河鉄道の夜』で作画・南椌椌、音楽まゆきすとさんとして制作に関わった者同士です。

以下まゆきすとさんの日記より

東北のご当地ソングというと演歌が多い。
演歌でないものというと、さとう宗幸の「青葉城恋歌」が定番だが、先日も路上ライブで歌ってみたのだが、七夕の季節の歌というのもさることながら、歌の最後が「あの人はもういない」というのが、こういうときにはどうなんだろう、と考えてしまった。

ほかに何かないか、と思いめぐらしてたどり着いたのが賢治だった。
童話作家にして詩人の賢治は音楽にも造詣が深く、自らの童話や戯曲のための歌を自ら作っている。多くは賢治が口ずさんだものを後から誰かが採譜したものであるという。

「花巻農学校精神歌」は、同校の教師であった宮澤賢治が生徒たちのために作った詩に、音楽の心得のある教え子が曲をつけたものであるという。これ も口述で伝えられたため、採譜されたものには6/8拍子版と4/4拍子版がある。今回作成したムービーは、個人的な好みで6/8拍子版を採用している。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1704082568&owner_id=94229

この歌、童話のための歌と大きく違って、歌詞が難解である。実は私もよくわかっていなくて・・・今後、私なりの解釈をつづって行くので、「違うよ」という方がいらしたら、ぜひご指摘いただきたい。

私が今回この歌をムービーにした理由は、この歌に「太陽の恵みを受け、それを活かして作物を育てる農業の中にこそ、人間の真実がある」という賢治の熱い思いを感じ取ったからである。

この地震から福島核発電所をめぐる一連の動きの中で私は、故・高木仁三郎先生のことをたびたび思い起こしていた。
高木先生は原子力の専門家の視点から、その危険性を訴え、脱原発運動に自ら先頭に立って尽力された。1995年の御著書で既に福島原発の危険を訴 えられていたことを思うと、東京電力、核発電推進勢力の官僚や政治屋たちが先生のご懸念に耳を傾けなかったことは、それ自体が犯罪であると言わざるを得な い。

先生が核問題のほかに造詣が深かったのが賢治だった。反核の訴えの中でもたびたび賢治の作品にふれ、賢治に関する著書も執筆された。その活動は賢治研究者の間でも高く評価され、1995年の宮澤賢治イーハトーブ賞を受賞された。

いま「精神歌」を読み返してわかるのは、発電も含めた核廃絶を夢見ていた高木先生が、その向こうに描いておられたのが、この世界なのだということだ。そこに、今この歌を発信しようと考えた意味がある。(つづく)

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「I LOVE TIBET」の長田幸康さんが紹介してくれたチベット人の作家の追悼の詩

東日本大震災の直後、青海省在住のチベット人の作家らによる追悼の詩が寄せられた。
作家たちに創作を呼びかけたのは、チベット現代文学作家の故トゥンドゥプゲ (don grub rgyal) の弟にあたるロブサン・チュゲ (blo bzang chos rgyal) 氏である。
届けられた詩は全部で9編あるが、そのうちの2編を以下にご紹介したい。
なお、詩のチベット語の原文はチュゲ氏の運営するウェブサイト上で閲覧が可能となっている(http://www.rangdrol.net/taxonomy/term/8)。


災害に遭われた日本のみなさんへ
タニ・ジンパ作

今夜、私は何を書いたらよいのでしょうか?
憐れみと愛情を引き裂いた、この地震という災害
突然の雷が落ちたその瞬間
わたしたちはどこに逃げたらよいのでしょうか? あなたはなぜ我々を襲ったのですか?
私の穏やかな家は唐突に持ち去られてしまいました
かけがえのない兄弟たち
そして、年老いた父母
彼らを無辺世界のどこへ連れ去ったのですか?
ああ、私の故郷そして家族、友人
私がこの海の底にいたなら、
なんとしてでも探し出してみせるのに
澄みきった海の、たった一度の高まりで
黄金より大事な魂たちが
青空にかかっていた虹のように消え去りました

私の心友である日本のみなさん
私は今宵、あなた方の道が見えるように
バターランプをともしました
地震で命を落とした朋友のみなさんが安らかな眠りにつくことができますよう
何万ものバターランプで道を照らし、
祈りの言葉を捧げて、
旅立ちをお見送りいたします

(翻訳:海老原志穂)


この地震の中で
チャントク・チゴル作
―日本の地震に際して

希望のついえたこの小さな世界で
発展の道を進んできたある国で
突然の暗闇のもと
泣き叫び苦しみを訴える声
痛みと涙
骨を折られ傷つけられた何万もの人々
家族と死に別れた人々
街をさまよう人々

子供たちの泣き声の中で、親たちが呼ぶ声を聞いたか?
泣き崩れた妻が、夫を探す姿を見たか?

人々の生活を揺るがした
われわれ人類への試練は一度だけではない
唐山 玉樹 日本

親ならだれでも我が子をいつくしむ気持ちがあり
子供ならだれでも親を慕う笑顔がある

人生には喜びもあれば悲しみもある
この世には畏れもあれば愛もある
>
※訳者注:「唐山」とは1976年7月28日に、中国河北省唐山市付近を震源として発生した唐山大地震をさす。
「玉樹」とは、2010年4月14日に中国西部、青海省玉樹チベット族自治州玉樹県で発生した青海地震をさす。

(翻訳:海老原志穂)
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# by kuukuu_minami | 2011-04-17 01:25
どこへ ?
昨年の6月から毎週水曜日に通っている東村山福祉園のことは何度か紹介して来ましたが、きょうはF君特集でございます。

東村山福祉園は重度の自閉症、知的障害の人たちが共同生活をする児童福祉施設です。およそ160人の利用者がいますが、その多くは児童ではなく学齢期を過ぎた20歳以上の成人です。

月桃の絵画教室には40名ほどが登録していて2時間のあいだに短い子で15分長い子だと2時間、それぞれの仕方で絵を描いています。

たどたどしくもコミュニケーションのとれる子はふたり、その他の子とは殆ど勢いと直感でやりとりします。

F君は自閉症の21才のイケメン男子、背が高くいつもカッターシャツの一番上のボタンまできっちりはめています。
言葉でコミュニケーションはとれませんが、ごく稀に小さく可愛い声で発語してくれます。この前はあまりしつこく月桃がそばでかわいい!とかすごい!とか言うのでそっと「あっちいけば・・・」と言ってくれました。うれしかったなあ!

F君は絵も描きますが、文字を書くのが大好きで、意味はよく通らないけどスコブル詩的な文章で400字詰めの原稿用紙を一気に埋めてしまうほどの力があります。

でも、きょう紹介するのは詩人としてのF君ではなく書家としてのF君です。

去年11月に吉祥寺キチム内ギャラリーSTONEで開いた「ふくしえん からんどりえ展」に来ていただいた方はご覧になったと思います。販売したカレンダーの文字はすべてF君の書いたものでした。(くうくうカレンダーも)
F君の書は本当に素晴らしく世界中どこに出しても立派に喝采を受けるだろうほどに自由でゆたかな芸術性に溢れています。

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「どこへ」
これを見たときには驚喜しました。
青い絵の造形と上に添えられた「どこへ」の文字がまさに詩そのものように思えたのです。むかし大好きだった立原道造の詩「何処へ」を思い出したのは言うまでもありません。

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「もものひとくうくうかめさん」
F君にリクエストしたのは「もものひとくうくう」という文字でしたが、なぜかF君はくうくうのあとに「かめさん」と付け加えました。
くうくうがかめさんだって知っていたとしか思えません。

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「しっぽ これも おしり それも」
これは2月9日、今日の作品です。
なんというお言葉!あまりにも含蓄がありすぎて目眩がしてしまいます。
F君、キミはなにを考えているのか?
どこ吹く風の美しい風貌のどこにしっぽとおしりを隠しているのか、教えてください!
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# by kuukuu_minami | 2011-02-09 23:11
インド〜ネパール 最後のロケ
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1月12日から26日までインド〜ネパールに行ってました。
一昨年から関わっているチベット難民の少年を追うドキュメンタリー映画のロケ。
主人公オロの他、岩佐監督、津村カメラマン、代島プロデューサー、ツェワン通訳、田嶋アシスタント、月桃ボランチと総勢7人のクルーでした。

前半は濃霧と大雪、事故渋滞で予定が大幅に狂う事態になり、ちょっと疲れましたが、インドの旅ではままあること、それほど気にはなりませんでした。15時間〜18時間4日連続車中にいても、その時間の長さを逆に楽しむ術も心得ましたよ。
真夜中というか早朝インドの田舎町に着いて小汚いというか大汚いホテルに一部屋4人突っ込まれてもまあ少しは眠れたわけです。

これまでチベット亡命政権の町インド・ダラムサラで主人公オロと彼をめぐるチベット難民の世界を撮っていたわけですが、今回のロケではダラムサラから外に出てネパール・ポカラ近郊のチベット難民キャンプ、ターシーパルケルまで移動しました。
ターシーパルケルは岩佐監督が10年前に撮った映画「モゥモチェンガ」の主人公・満月ばあさんことモゥモチェンガが住む古いチベタンキャンプです。
1959年ダライ・ラマ法王がチベットからインドに亡命して以来10数万人のチベット人がヒマラヤを超えてネパール、インドに亡命して来ましたが、モゥモチェンガも法王の亡命直後に後を追うようにしてヒマラヤを越えたひとりです。

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岩佐監督の前作の主人公であるモゥモチェンガと新作の主人公オロとを出合わせるというのは、当初はなかった構想ですが(実はぼくは最初から提案してましたが・・・)これまで撮ってきたフィルムの編集過程での行き詰まりを修正打開するために監督自らが決断した上での展開でした。

月桃はちょうど一年前の2月に今回の逆コースをたどっていました。
冬休みにカトマンズの叔父さんの家に帰っていたオロを通訳のツェワンとダラムサラまで引率するというもので、この長旅のおおよそは理解していました

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2週間の旅のこまごまとしたことは映画のネタバレにもなってしまうので控えますが、たしかに前半はハードな日々でしたが、ターシーパルケルに着いてからのロケは愉しく充実していたと思います。

インドと違ってネパールではなぜか気持ちがとても楽ちんで、人もやさしく子どもの笑顔もとびきりで、月桃なんぞはすっかりネパール贔屓になってしまったほどです。

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今回のロケで撮影はクランクアップ、あとは最終段階に向けて翻訳・編集作業がはじまるわけです。
編集の実務作業は代島プロデューサーと監督が長時間かけて切り貼りしてゆくのを時々ボランチ月桃が茶々入れて混乱させる?という繰り返しで完成に向かう段取りです。


たぶん連休ころまでに編集完了、その後試写と封切り公開に向けての作業がはじまるものと思います。

進捗状況に関しては随時ブログにアップしてゆくつもりですので引き続きご支援のほどよろしくお願いいたします。

写真は上から

ちょっと成長したオロ、やっぱり可愛い!
持参したダライ・ラマ法王の写真集を見るオロとモゥモチェンガと監督
ポカラへ向かう途中の村で、ネパールのガキンチョ、う〜ん可愛い!
ジャンバリンというチベットキャンプで「前髪みじか協会」チベット支部の女の子、メチャ可愛い!
ターシーパルケルの子供たち、「また会いましょう!」何度も歌ってくれました。
ジャンバリンの長い石段で出会ったネパール美人(うっとり・・・)
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# by kuukuu_minami | 2011-02-04 14:22
豪華詰め合わせ!
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久しぶりの日記です。

住所のわかる方にはお送りいたしましたダイレクトメール豪華?詰め合わせでございます。

(以下ほとんど同文で失礼いたします)

香しかった金木犀の薫りもいまやいずこ、季節は足早に移ろっていきますね。
みなさまお元気でしょうか?

さて、ワタクシこと南椌椌の個展案内、
妻・山田せつ子のダンス公演案内、
この6月から講師をしている東京都東村山福祉園の子たちの展覧会案内、
これもいま関わっているチベットの少年を描いたドキュメンタリー映画の案内、
そして、メキシコ在住37年の畏友!である彫銀師・竹田邦夫の新作展の案内、
豪華ご案内詰め合わせをお送りさせていただきます。

いつもいつも、なにやかやとイベントのお知らせなどでお騒がせしておりますが、
どうぞ、ゴミ箱にポイなどせずに、お時間のあるかぎりお付き合いいただければありがたき幸せでございます。

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山田せつ子公演『薔薇色の服で』は10月8日の京都公演を見て来ましたが、8年ぶりのソロ公演だけあって、ダンスの充実度は素晴らしいものがありました。身びいきの謗りは逃れられないとしても、たぶん味わい深いダンスの時間を体験できるのではないでしょうか? ご高覧のほどぜひぜひお願いいたします。
12月3,4,5日東京・吉祥寺シアターにて。
チケット予約お問い合わせは、魁文社(KAIBUNSHA)03−3275−0220まで。(月桃あてにメッセージいただければお取り置きいたします)

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東村山福祉園の子たちの展覧会「からんどりえてん」もきっとみなさま感嘆の声を挙げてくださると思います。週に一度だけですが、アトリエを共にして彼らの手から魔法のように生み出される作品の誕生に大きな喜びを感じています。
「からんどりえ」と題された3種類の特製のカレンダーはとても美しいものになりました。お買い求めいただけたら幸甚であります。
11月23日〜28日、吉祥寺ギャラリーSTONEにて。電話 0422-27-2958
「STONE」は7年前まで月桃99%が経営していた「諸国空想料理店KuuKuu」の跡地に「クラムボン」の原田郁子さんが開いてくれたカフェ&多目的スペース「キチム」のなかのギャラリーです。

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恵比寿の椌椌展はそれはもうみなさまご承知の如くでございます。いつもながらのガラス絵とテラコッタの新作にこれが意外にいいかもの酒器セットや、「からんどりえてん」に触発されて作った(これから作る)カレンダーがまたいいのです!(予定)
11月9日から14日まで東京・恵比寿の「ギャラリーMalle」にて。みなさんぶらっと遊びに来てくだしゃんせ。電話 03-5475-5054

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「チベットの少年 オロ」についてはすでにご存知の方も多いかと思います。重ねてのご案内になるかもしれませんが、製作資金のカンパも多数の方からいただきました。ありがとうございます。映画はいよいよ編集も佳境にさしかかり、来春の完成に向けてスタッフ一同、目立たぬ程度に鼻息を荒げているところです。今後ともご支援のほどよろしくお願いいたします。
http://www.tibetnoshonen.com

みなさま、「芸術の秋」かも知れないこの季節です。
どうぞどうぞ、よろしくお願いいたします。
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# by kuukuu_minami | 2010-10-31 00:45
ソウル個展、大野一雄先生のことなど
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5月18日から一週間だけソウルに行ってました。
前の日記にお知らせした通り、6年振りの個展があったのです

楽しかったです!
たくさんの人が来てくれました
毎晩友人たちと
よく飲みました
よく食べました
よく笑いました
学生時代の最低の友人が一緒だったこともあり
会話は落ちるところまで落ちましたが
ソウルの女の子たちは度量が広い!
ありがたいことに作品もかなり売れましたでございます

帰ってきて
伸び放題だった庭の手入れをして
どくだみを沢山摘んで日干しして
どくだみ茶をつくりました。

6月から週1回だけ
近郊の知的障害の人たちの施設で
いっしょに絵を描くことになり
2日、最初の教室があり
かなり重度の人たちなのですが
誤解を恐れず云えば「おもしろい!かわいい!」
とりあえず来年3月までやります
都の施設なので「辞令」というのがありました
キミヲカクカクシカジカヒジョウキンコウシトシテムニャムニャ
就職もしたことがないので60歳寸前ではじめてのこと
「はははー45度の礼、かしこまって候・・・」

舞踏の大野一雄先生が103歳で亡くなりました
よく生まれて長く生きてくださいました
きのう、横浜上星川のご自宅の稽古場を訪ねました
柩のなかの先生は
それはそれは美しかった!
もともと生も死も一瞬に往還するような舞踏家でしたが
柩のなかの先生に死の匂いは微塵もなかったですよ
1㎜くらい薄く開いた真一文字の口と
半眼微笑よりもさらに永劫に近い表情を浮かべたかんばせ
たった今ダンスの動きをほんの少しだけ止めたような
静と動の絶妙な均衡・・・

1993年、なぜか僕がひとりでプロデュースした
ソウルの日本舞踏フェスティバルにも息子さんの慶人さんとともに
2作品をもって参加してくださいました。
当時86歳だった先生とゆっくりソウルの街を歩いたことが思い出されます
先生のご冥福をお祈りいたします

そして、もうすぐ南アフリカでサッカー・ワールドカップが始まります
きょう、日本はコートジボワールと開催前最後の親善マッチがありました

なにもなかった試合でした。
それでも14日19日24日はTVの前でビール飲みながら叫んでいるでしょう!

追伸
追伸で書くようなことではないけど、民主党の代表に菅直人さんが選ばれました。
まだ決まったわけじゃないけど、仕訳作業で辣腕を振るう枝野さんが幹事長?
どうか、沖縄だけでなく日本国内の米軍基地についての徹底的な仕訳作業を望みたいですね。

写真上
個展オープニングで料理家の友人が作ってくれた
蓮の花を浮かべたお茶
写真中
会場の入り口、右の壁の絵は昔の「朝鮮詩集」から
好きな詩を和紙に墨絵で描いたもの
写真下
今回の個展ではソウル在住の弟が
何点か額縁を作ってくれました
昔ちょっと木工をやっていたことあるのです
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# by kuukuu_minami | 2010-06-05 15:46
『絵本の子どもたち』
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絵本の子どもたち

水声社から『絵本の子どもたち 14人の絵本作家の世界』という本が刊行されました。著者は寺村摩耶子さん。

この本を紹介するのはちょっと気後れする部分もあります、というのも
この14人のなかにワタクシこと南椌椌も入っているからです。
片山健、長新太、スズキコージ、井上洋介、宇野亜喜良、荒井良二、木葉井悦子・・・とまさに現代の絵本世界を代表する作家たちのなかに加えていただいたのは嬉しい限りなのですが、絵本作家というには余りに作品も少ないし、日頃絵本のことをほとんど忘れて遊んでいる身でありますので・・・ちょっと気恥ずかしいのが本音なんです。でも寺村摩耶子さん、ありがとう!これからちゃんと頑張ります!

13人の作家たちの多くの方々は実際に面識があり、とくにスズキコージ、荒井良二、沢田としき(つい最近亡くなりました)は親しい友人であり、何度となく飲んで遊んだものです。片山健さんは古くからお付き合いさせていただいている敬愛する絵描きさんです。吉祥寺でKuuKuuを経営していた頃には井上洋介さん、たむらしげるさん、宇野亜喜良さん、飯野和好さん、酒井駒子さんとも何度もお会いしたことがあります。亡くなった長新太さん木葉井悦子さんは作品、お人柄ともに大好きな作家でした。谷川晃一さん、島田ゆかさんは作品を通してのみ知る作家です。

ここで寺村さんが書いた14人の作家論すべてについて紹介することもできませんが、いくつかの素敵なフレーズを引用しながらこの本の魅力の一端でも伝えられらたら嬉しいです。

絵本作家論というのは殆ど読んだことがないので、比較はできませんが、『絵本の子どもたち』は絵本作家論という限定をつけないでも極めて魅力的な評論集だと思います。

それは、寺村摩耶子さんのアートに対する柔軟かつ広範な感受性と、愛情ある繊細な文章力によるものだと思います。
各作家の初期の作品から最近の作品まで通底するそれぞれの作家性をやんわりと押さえながら個々の作品の魅力について語る語り口はとても清々しいものがあります。それは彼女が本当に絵本が好きで、絵本によっていかに慰められているかという個人的事情がまず存在するからでしょう。

僕も読んだことのある多くの絵本が語られますが、しばしば「おお、そうなんだよね!」と膝をたたいて頷くことがありました。

日本の絵本の世界でだれもがまず思い浮かべる作家は長新太さんではないかと思いますが、寺村さんの長新太論はとても新鮮かつ深い読みによって、一見ナンセンスなユーモアにあふれた長新太さんの絵本の世界の深部を照射してくれます。

1993年だったと思いますが、僕は一度だけ長新太さんのお宅を訪ねたことがありました。トムズボックスの土井章史さんといっしょでした。
長さんのアトリエは居間と兼用だったような記憶がありますが確かではありません。ただ、大きな作業机の後ろの本棚がとても魅力的な風情だったのをよく覚えています。どんな本が並んでいたのか、じっと眺めたわけではありませんが、本好きには本棚の醸し出す風情だけでなんとなくその書棚の持ち主の趣向がわかるものなんです。その時感じたのは、長さんの読書の趣味がとても洗練されていて新しい文学や芸術の思潮にも柔軟な思考をお持ちのようだな、ということでした。たしか永井荷風の『断腸亭日乗』全集が左上の棚に並んでいたと思うのですが、それからして「さすが長さん!」と思わずにはいられませんでした。それからアメリカの現代美術の作家たち、ニューペインティング系の画集もさりげなく置かれていたように思います。

なぜこんなことを書くかといえば、寺村摩耶子さんの長さんについての記述を読んでいると、もう17年も前の長さんのお部屋の本棚の風景があざやかに甦ってくるからなんです。

寺村さんは長新太さんの絵本の魅力を、たとえばアメリカの現代美術の作家、マーク・ロスコ、フランスのシュール・レアリスト、アンドレ・ブルトン、ハンス・アルプ、種村季弘などを挙げながら解き明かしてゆきます。

2002年に寺村さんが長さんにインタビューした時のことが語られていますが、そこで長さんは絵本に頻出する「地平線」のことをこう語ったそうです。
「そういうところが生理的に好きだから。制作するときに自分の好きなものだけをやるという意識があってね。だから水平線を描いたり、地平線を描いたり。いつも、そこからじゃないと出てこない・・・」

そして後段、引用している種村季弘のナンセンス論の一節は
「子供、詩人、狂人、原始人に通有の、この方向(センス)の倒錯こそはナンセンスの基本的な構造なのである。個人的な体験に照らすには幼年時の追憶に頼るがいい。狂人にも詩人にもならなかったにしても、だれしも一度は、あの方向(センス)の無秩序が支配した子供部屋だけは通ってきただろうからである」種村季弘『ナンセンス詩人の肖像』

これに続けて寺村さんはこう結んでいます。
「生理的な心地よさ」をたいせつにしながら、あたかも目に見えない深い土の下をどんどん掘り進むことによって、長新太は「子どもの王国」をゆたかにひろげてきた。子どもと大人を超えた「土中」における「宇宙」のごとく、そこには底知れぬ世界がひろがっている。

長新太という作家の本質を見事に言い当てていることがわかると思います。

長さんばかりではなく、14人の作家それぞれに対する評言のたしかさ、愛の深さ?にはしばしば驚かされました。

引用が長くなりますが、何人かの作家についての寺村さんらしい文章を引用しておきます。実際の絵本を手にとってみないとわかりにくいかも知れませんが、寺村摩耶子という絵本の読み手から手渡される愛情あふれるメッセージとして読んでいただければと思います。


「そうだ、これこそは真の子どもの姿だった。積み木の山を破壊する子ども。土でも石でも何でもおかまいなしに口の中へ入れてしまう子ども。本能のおもむくままに行動する、自然そのものの純粋な子ども。(中略)『どんどん どんどん』に描かれているのは、そんな子どもという生き物の爆発するようなよろこびである。破壊と創造を同時にやってのける、小さな神のような子ども。「あるひ」はじめて歩きはじめた子どもの生の衝動をとおして、片山健は、原初の生命のよろこびを、水や土、風、火の混沌と一体になった世界のはじまりのなかに描きだしたのだった。」(「片山健 やってきた子ども」より)

「横判の表紙に敷かれた白い線路は、見返しを通って、絵本一冊まるごと横断し、裏表紙からまた表紙へと永遠につづいている。(中略)「ガガガガ ガッタン ガッタン」「ゴットン ゴットン ガッタン ガッタン」・・・・ことばはいっさいなく、きこえてくるのはただ心地よくゆれる列車のひびきばかり。小さな駅にとまるたび、車両はすこしずつのびて、仲間もふえてゆく。一方、旅はいよいよ峠にさしかかり、赤や緑の山肌がみえるおそろしい道、火山口から白いけむりがのぼる、この世の果てのような荒野を通りすぎても、乗客たちはうっとり列車にゆられている。もはやことばをかわす必要のないほどみちたりているかのように、国境も標識も、此岸と彼岸の境界もなく、あらゆる生き物たちの種も、時と場所も超えた世界、ことばが生まれる前の、はるか昔、私たちがそこからやってきた、なつかしい世界への旅。(「スズキコージ 大千世界の魔法画家」より)

「『たいようオルガン』のサイン会のとき、小学三年生くらいの男の子が絵本を指さして、「下書きの線は消した方がいいよ」と言ったという。それを聞いて、心のなかで喝采をあげたという荒井良二。それは察するに、作家のなかの子どもがついに現実の子どもに勝った(?)ことを、ほかならぬ現役の子どもに認められたということか。たしかに、「子どもが描いた絵」と「子どもが描いたようにみえる絵」はよく似ている。だが、あえてそのふたつを比べてみるならば、子どもの絵は、無意識そのものであるがゆえに美しい。そして、「子どもが描いたような絵」は、大人のなかのアートの衝動がひとつになっているからこそ美しい。(中略)「宿敵は大人の自分」と言い、「かつて自分も子どものころに持っていた、絵を描く前の、気持ちの高まりのようなもの」「子どもの衝動」をもって描きたいとう画家。「自分がよろこぶもの、自分にとって新しいと思うものを描く」という荒井良二にとっても、内なる子どもこそは生命の源泉であるにちがいない。(「荒井良二 日常の旅人」より)

「山羊のいのち。人間のいのち。地球のいのち。食べ物のいのち・・・・。これまでもさまざまな「いのち」の物語を描いてきた沢田としきの絵本のなかでも、『ピリカ、おかあさんへの旅』は、もっともドラマティックな作品である。主人公はピリカという一匹のサケの女の子。川で生まれたサケが海に下って大きくなり、ふたたび生まれた川に遡上して産卵したのち一生を終えて死ぬというサケの一生が、ピリカのまなざしで描かれていく。海で暮らしていた彼女が、あるとき自分が生まれたばかりの時のことを夢に見て「おかあさん」の存在を思い出し、やがて遠いどこかからきこえてくる「よびごえ」にむかって泳ぎだす。群れをなして進んでいくピリカたちに迫る、さまざまな危険。恐怖とのたたかい。そして海の果てにようやくたどりついた「なつかしい匂いのする水」。そこからさらにはじまる、とほうもない旅。(中略)ページをめくりながら、ピリカとともに私たちは水のなかを旅する。川から海へ、そしてまた川へ。それは地球をめぐる生命の神秘を体感することにもひとしい。(「沢田としき リアルであること」より)

★沢田としきは2010年4月27日、一年に及ぶきびしい闘病を終えて、さらに大きな生命のふところ、「とほうもない旅」へと旅立って行きました。亡くなるふつか前に病院に見舞ったとき寺村さんの『絵本の子どもたち』がベッドから見える棚に置いてあるのが眼にはいりました。沢田としきにとっては嬉しい手向けの一冊になったのだろうと思います。

「内なる呼び声につき動かされるまま、ひたすら手を動かすという、その過程こそが重要であり必要であったかのような「内奥への旅」、無意識の世界への冒険。まるで、その行為をとおして、主観から客観へとひらかれていくシュルレアリスムの「オートマティスム」を思わせる体験。木葉井悦子が心を寄せていたという、唯識系仏教の仏典では阿羅耶識と呼ばれる、無意識の底の底、みずからの<内的宇宙>ともいうべき底知れぬひろがり。動物と植物と鉱物の差異も、生と死の境界ももはや存在しない、もうひとつの宇宙。そのようなひろがりにむかって、木葉井悦子ははてしない旅をつづけた。
 この危険と魅惑にみちた旅から帰ってきたとき、あたかも宇宙の胎内をくぐりぬけたかのように、画家のからだのなかから、何かがポンと飛び出したのかもしれない。彼女自身の宇宙から生まれた卵のようなものが。(「木葉井悦子 生命の祝祭」より)

★木葉井さんが病に倒れ入院しているときのこと、病院から電話がかかり、「ねえ、絵の道具、少しでいいから揃えて持って来てくれない?」と頼まれました。
画材店で岩絵の具やスケッチブック、絵筆などを揃えて埼玉・戸田の病室まで持って行きました。手術のあとの再入院でずいぶん痩せておられましたが、「絵の具がないとさびしくてね」と言いながらベッドの上に画材を並べてじっと眺めていました。その場で何かを描いたわけではありませんが、かなり長いあいだ画材を手にしたりじっと眺めたりしておりました。そのうち、「もう夕方ね、遅くなるから帰っていいわよ、私はもう少し絵の具を見ていたいの・・・」と言って僕を送ってくれました。それが木葉井さんとのお別れになってしまいましたが、最後にベッドの上の画材をじっと見ているだけで慰められているかのような木葉井さんに深く感動したのを覚えています。
寺村さんが書いているとおり、「内なる呼び声につき動かされるまま、ひたすら手を動かすという、その過程こそが重要であり必要であった」のだと思います。

さて、長くなりましたがあとはぜひ実際に手にとってお読みください。絵本というジャンルがいかに深い魅力に富んでいるかおわかりいただけると思います。
そして、ワタクシこと南椌椌に対してもすこしは敬意の感情というものを持っていただけるのでないでしょうか?(現実はそんなに甘くない?はっ、そうでした、がんばります)

この『絵本の子どもたち』全体を通して言えることは、寺村さんの瑞々しい詩的な感受性によって絵本というジャンルがこれまでなかったような新しい光に照らし出されたということだと思います。
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# by kuukuu_minami | 2010-05-16 22:55
ソウルで個展だよ!
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かれこれ6年ぶりにソウルで個展です。

5月19日から28日まで
仁寺洞(インサドン)のクラフト・アウォンというスペースです。
地下鉄・安国(アングッ)駅から仁寺洞に入ってちょっと
金属工芸とアクセサリーの阿園工房(アウォンコンバン)の向かいの2階

といっても誰もわかりませんよね

ソウルで一番の仲良し姉妹がやっている
オシャレな会場です

今回はいつものガラス絵とテラコッタのほかに
写真のように
けっこうシブイ陶器の酒器セットも展示します

これで日本酒呑むといけます、ホント!

そのうち東京でもやりますんで
どうぞよろしう!

momo no hito_복숭아 사람
남상길 작은 개인전 2010년 5월19일(수)-28일(금) 11:00-19:00
인사동 크라프트 아원(쌈지길 맞은편 건물2층) Tel. 02-738-3482

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# by kuukuu_minami | 2010-05-15 12:51