荒井良二はすごい!

4月6日、もとKuuKuu→みな李の
荒井良二さんの壁画消しライブペインティングを
企画しました、というよりクラムボンの原田郁子ちゃんと相談して
荒井さんにお願いしました
というのは、元KuuKuu→みな李のあとに原田郁子ちゃんと妹さんの奈奈ちゃんが
中心になってお店を展開することになったからです。

12月末で閉店した「みな李」のあとに入ることになった
郁子ちゃんたちとお店のことで相談に乗っておりました

これまでの空間をかなり大胆に変えるというプランで
新しい店を構想するなかで
壁画のあった壁を白に戻してドアや窓をつけることになりました

17年前に荒井さんに描いていただき
いまもまったく色あせていない壁画を
白に戻すという大胆かつ残酷なプランは
荒井さん自身にやっていただく他はないと思い
ドキドキしながら荒井さんにお願いしたのです

「あ、いいよいいよ、やるよやるよ・・・」といつものように
言葉をふたつ重ねて荒井さんは了承してくれました

こうして17年の歴史のある素晴らしい壁画を
荒井さん自身に消してもらうことになりました

当日は他の店舗のこともあり
一般の方に告知することはできませんでしたが
もとKuuKuuのスタッフやその子どもたち
編集者や親しい作家仲間など50人くらいが
上から下から見守っておりました

荒井さんはほとんど手だけで
すばらしい速度で、消して残すペインティングをしてくれました
写真で見ていただけるように
白い空間に沢山の家のような船のようなものが浮かび
ほとばしるような色と線がすべてを結び会わせ
ダイナミックで繊細なもうひとつの荒井良二の世界が現出しました

それは過去と未来がまざりあって
あたらしい自由の場所に向かう船上の出来事のようでした

さらに素晴らしかったのは
ハナレグミのタカシ君とクラムボンの原田郁子ちゃんが
(なぜか・・・)
荒井さんの動きにあわせるように
ずっと歌い続けてくれたことです

空前のライブペインティングと言ってもよいくらい
想像をはるかに超えたパフォーマンスでした
立ち会ったすべての人がすごくいい顔して見守っていましたよ

ごく限られた方々しか立ち会っていただけなかったのは残念ですが
ムービーで記録もしましたので
いつかどこかで見ていただける機会があるかも知れません

たったいま吉祥寺に駆けつければ
荒井さんの新しい壁画は見ることができると思いますが
工事の過程で遠からず
本当に消えて白い壁に隠れることになっています

新しい店がオープンの運びとなりましたら
また荒井さんのライブなどもできるかも知れません
(僕の店ではないのではっきりしたことは言えませんが・・・・)

1993年にKuuKuuの壁画として生まれた
荒井さんの傑作をみずから消すという
本来とてもさびしい行為を
このように明るく輝くものにしてくれた荒井さん
感謝のことばもないのですが、やはり・・・

どうもどうも
ありがとうありがとう!

写真上ははじまる前の荒井さんのあいさつの場面
はじめから笑わせてくれ、みんながリラックスできました

中の写真はいよいよ終わりに近づきました。

下の写真は消して描いてまた現れた壁画の前で
荒井さんと郁子ちゃんとKuuKuuのスタッフだったしおりちゃんのこどもの和楽
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# by kuukuu_minami | 2010-04-16 01:44
ネパール、インドの旅

2月11日から3月4日まで
ネパール、インドと旅してきました

この日記で何度も書かせてもらった
チベット難民のこどものドキュメンタリー映画の取材でした

成田からひとりでインドのデリーに飛び
12時間のトランジット予定が23時間に延びるという
インド式洗礼を受けつつも楽しみいっぱいのはじまり

デリーからはじめてのネパール・カトマンズに着いて
インドの雰囲気とはまるで違う
ゆったりまったりした感じにまずほっとする

デリーからの飛行機の到着が10時間も延びたのに
朝から10時間も待っててくれた
安ホテルの主人の出迎えを受けて
サンライズコテッジヘ

カトマンズは無茶な排気ガスを除けば
すこぶる居心地の良い町だと思いました
廃墟のような市街がなぜか
人類の未来の町のように感じられ
こんな風に滅んでゆくのもオツなもんじゃないか

この町の叔父さんのところに
インド・ダラムサラのTCV(tibetan childrens village)
という寄宿制の学校から冬休みを利用して
来ている映画の主人公になる少年と再会し

カナダ・トロントからこの映画の通訳・コーディネーターとして
ネパール入りしていたチベット人のTと合流
難民ゆえにパスポートを持たない少年を
三日かけて陸路でインド・ダラムサラまで引率するという
願ってもないミッションを遂行!するのです

少年の名はオロ!
中国・チベット本土に住む母親と家族の身の安全のために
本名ではなく、少年の幼い時の通名を使うことにしました

カトマンズから車で7時間ほどで
8000メートル級のヒマラヤを望むポカラに到着
たまたま泊まることになった小さなホテルの日本語を話す主人と
東京の話などしているうちに
吉祥寺のネパール料理を出すサジロカフェを知ってるかと尋ねると
「知ってるよ、友だちがやってる店だよ」という返事
サジロカフェ&シバカフェのイケメン主人・ニールは同じ吉祥寺仲間で
何度も会ってるいい男です
へえ!うれしいなあ、とお互いびっくり嬉しの抱擁

(実はさっきまでシバカフェに行っていてニールにポカラの写真を見せながら
ネパール談義に花を咲かせていたのです・・・・
サジロ&シバの両カフェは最高の雰囲気ですよ!)

ポカラからはインド国境の町スノウリまで
やはり車で7時間くらい
国境の町スノウリと言っても
ネパール人、インド人、チベット人は
ほとんどど何のチェックもなしに素通り
それ以外の外国人だけ徒歩で国境を渡りながら
ふたつの国の イミグレでパスポートにポンとスタンプを押してもらうだけ
それも普段着まるだしのひげ面のおっちゃんが
ほこりだらけの街頭で面倒くさそうにやってるだけ

んはははっは!ますます楽しい旅の道中であり・・・・

なんかまたしつこく長くなりそうな気配がしてきましたので
ずっとハショリます

長時間の車の旅と、インドに入ってからの
お定まりの遅延とノーアナウンスで待たされるホームでの待機
ちょっと寒かったけど、オロとTとの密で蜜な時間は替えがたく楽しいもんであり

さてさて、やっと到着した列車はなんかキタネー!なあ・・・
Tは16時間くらい乗るんじゃない?って言ってたのに
ほぼ24時間のゴキブリ寝台列車がこれまた愉快!(ホンマかいな)
そんなこんなでジャランダという辺鄙な鉄道駅に着いたのが真夜中の1時ころ
眠りこけているタクシー乗り場のおっちゃんを起こして、さらに4時間ほど走って
チベット難民の拠点になっている北インド・ダラムサラに着いたのが
2月20日の早朝のこと
ホテル入り口で眠っているカシミール人の男を起こして
やっとベッドにありつきました

もうすでにこの頃には
ワタクシとオロ!はすっかり仲良しになり
ホテルや寝台車でもしっかり抱き合って眠るほどに・・・

さて、ダラムサラでは
成田から直行で先着していた
監督の岩佐さんとカメラマンの津村さんと合流

いよいよ、映画の撮影がはじまるのです・・・

それから2週間、ほぼ休みなく撮影は続き
オロ!が可愛いだけのチベタンではなく
とんでもないやんちゃでしかも頭のいい子だとわかり
時には翻弄されもしながら濃密な時を過ごして
3月2日、監督たちよりひと足先に
帰国の途についたというわけです

映画の現場に立ち会ったのは初めてでしたが
想像していたよりもずっとわかりやすくシンプルに
ことが運ぶので、まったく戸惑いもなく入り込めました

ただ、現場では練達の監督とカメラマンの仕事なので
年齢だけは練達?のワタクシの出番は少なく
オロ!の子守役がおもな役どころ・・・
いや、実は自分もものつくりの人間なので
「ああ、オレならこうするなあ・・・」と思うことがしばしばで
その思いをストレートにぶつけちゃあ、なんか角が立つしなあ
とそこは控えめに、しかし笑いだけは大盛で提供することを
心がけてまいりました・・・・

やっぱ、表現はお山の大将でやらなきゃね。

今後のことはまだ未知数でありますが
撮影は少なくともあと2回のロケを経て来年の春には
とりあえずクランクアップから編集作業に入ることと思います

詳しいことは順次ご報告させていただきます。

写真は3点ともオロ!かわいい!!
上はポカラのレストランでひょうきん族やってるオロ!
中はインドの夜行列車のなかで何を思うのか、オロ!
下はニューヨークで「日比の食堂」という日本レストランを
経営しているもんたどんから新年に送ってもらった
エコバッグを持ってわざとらしい顔をしているダラムサラのオロ!
後方は岩佐監督。
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# by kuukuu_minami | 2010-03-08 12:14
うまやはし日記
9月22日、浅草・厩橋の近く
「アノニマスタジオ」にもとまめ蔵・KuuKuuのスタッフ
リーダーこと高橋香織の作品展を見にに行った。

アノニマスタジオ刊の高山なおみの『日々ごはん』の最新刊の表紙を
リーダーが担当したことで開かれている記念展。
スタジオでは臨時のカフェがオープン。KuuKuu仲間のエバのいつもの絶品ジャムだけでなくガレット屋さん、それにおともだちのパン屋さんと焼き菓子屋さんもで大層おいしいカフェでありました。
エバのガレット+桃ジャムはいままで食べたガレットのなかで最高の味でした!
といっても、生まれて2回しかガレット(蕎麦クレープ)は食べたことがないのですが・・・。
絶対あれ以上うまいガレットなんかあるはずがない!

リーダーの絵や手作りバッグも格段にいい味を出すようになっていて、やはり社会で仕事をすることの意味があるなあ、とアノニマさんに人ごとながら感謝。

さて、厩橋といえば思い出す一冊の本があり
久しぶりに本棚から取り出して鞄のなかに潜ませて出かけたのが
詩人・吉岡実の『うまやはし日記』

吉岡実は学生時代からいままで最もよく読んできた現代詩人。
1919年に東京本所に生まれ1990年没。
生地が本所とあるが住まいは厩橋の近くだったらしい。

『うまやはし日記』は1938年から40年にかけて、若き詩人が徴兵検査を経て出征する頃までの日記。本格的な戦争までは若干時間のある日本の妙な気分と文学に生きたい若者のその日その日の小さな足跡が記されている。

友人や縁者のこと、その日読んだ本のことが中心なのだが、何度か読んでいるはずなのに虚飾ない簡潔な文章が常に新鮮で、後の詩人の姿を彷彿とさせる潔さです。

1921年には厩橋のすぐ先、吾妻橋付近で僕の母が生まれているので
『うまやはし日記』に出てくる当時の浅草界隈の映画館やカフェの様子などに
幼い母の面影を見たりして妙になつかしい気分に浸れもするのです。

短い日記の中からすこし引用。

昭和13年(1938年)8月31日
 貯金帳(八十円)と退店手当(三十円)を貰う。五年間の小僧生活の哀しさ、懐かしさ。店の連中と別れの挨拶。英子は「さようなら」の一言。葉子は「本当は好きだった」の謎めいた言葉。後輩二人と本郷三丁目の青木堂で珈琲をのむ。皆に見送られ雨の中を、自動車に乗った。夕方、厩橋の家に着く。荷物が本ばかりなので、母は呆れた。

昭和14年某月某日
 夕方より仮検査で本所区役所へ行く。高等省小学校のクラスメート山野辺、土切、中山、味方らがいる。初めは眼の検査だった。「眼がすんだ人は道具をすぐだせるようにしときなさい」の声に、どっと笑いがひびく。「チンポコを握られるなんていやだなあ」。みんな無事通過す。蔵前通りの南屋でコーヒーをのみ、談笑して別れた。

3月28日
 パニョル『トパーズ』、芥川龍之介の短編の再読。『ドミニック』読みはじめる。母に女の子の名前を考えてくれと言われる。みなみ 敦子 葉子 伊勢など。

4月3日
 雨。朝から本郷座へ行く。「望郷」のジャン・ギャバンは素晴らしい。となりの女学生も泣いていた。外は寒くふるえた。南山堂へは寄らず、赤門まで散歩。夜、ジイド『コンゴー紀行』を読む。一時間ほど習字。

4月21日
 洗濯。久しぶりでひっぱり出し、「新短歌」に目をとおす。あとは『月下の一群』。夜、家に行くと、母が茹卵をくれた。茹卵を食べると、不思議に桜の花が浮んでくる。

8月23日
 夕四時ごろ、支那そば屋の慶ちゃんの家にゆき、連れ出して浅草から上野へ出る。不忍の池でボート遊び。白や桃の蕾が大きな葉の中に見える。湯島天神下を通り、古本屋で『白秋小唄集』を求める。広小路の水戸屋でソーダ水や蜜豆を食べた。慶ちゃんのおごり。田原町で別れた。堀辰雄『聖家族』(江川版)が届いていた。

10月29日 
 暁の四時、空襲警報で起こされる。月が皓々と薄雲を透かしている。先生不在。南明座へ「たそがれの維納」を見に出かける。帰りの電車の中で警報を聞く。

書き写してるとキリがありません。
戦前の二冊の日記が焼失を逃れ、この『うまやはし日記』にまとめられたのは吉岡実の亡くなった年のこと。

22日のことをを吉岡さん風にまとめたら
9月22日
 厩橋のアノニマスタジオへ香織の展示会を見に行く。エバのガレットを食べる。なっちゃんも来たので少しおしゃべり。ひとりで吾妻橋から伝法院、花やしきあたりを歩き、立ち並ぶ屋台飲み屋で生ビールに煮込み、冷や奴。母の実家の墓がある寺の脇を通り田原町へ。地下鉄で神田に出て中央線に乗り換え吉祥寺。きょうの締めは中清の粗挽き蕎麦と日本酒で・・・だが、その前にまめ蔵に寄ってみると厨房シンクの配水管からの水漏れが外まであふれてていて、酔いも冷める。西友に行ってインスタントセメントを求め、水が外に出ないように工夫する。作業の終わりは12時を過ぎて粗挽き蕎麦も日本酒もおじゃん。スタッフも遅くまでお疲れさまでした。吉岡実の『うまやはし日記」を読み続ける。

こんな感じかな。
ちなみに吉岡実さんとは渋谷の百軒店の喫茶店で一度だけ会ったことがあった。あるダンス専門誌の舞踏特集の編集を頼まれ、吉岡さんに原稿のことで相談に乗っていただいたのだ。吉岡さんは土方巽、大野一雄、笠井叡ら舞踏草創期の異才たちの佳き理解者だったのだ。
お会いしたときは、まめ蔵をはじめて間もない頃、僕は絵を描き始めたばかりで、毎日新聞社主催の日本国際美術展に入選したという話をしたら「そうか、入ったか!」と嬉しそうに言ってくれた。当時の絵はいまとは似ても似つかない抽象表現主義風のリトグラフ、現代美術なら基礎もいらんからなあ、と思ってはじめたわけです。

その後すぐ、吉岡さんがまめ蔵の前をひょっと覗きながらゆっくり通り過ぎたのを厨房でカレーを作りながら見つけたのだが、オーダーが溜まっていてすぐに追いかけることができなかった。あんな路地を偶然通ることなどあり得ないから探してくれたのだろう・・・。その後会う機会を逸し、吉岡さんは1990年に亡くなってしまった。大いに悔やまれるのでありました。

『うまやはし日記」は書肆山田1990年刊
エバの日記はジャム作りが中心だけど写真も文章もセンスがいいよ。
http://blogs.dion.ne.jp/evajam/archives/8774261.html
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# by kuukuu_minami | 2009-09-27 13:46
ディヌ・リパッティ最後のリサイタル
このごろ

いつにもまして
とりとめもなく日々が過ぎる
ほぼ毎日のようにたっぷりの時間のなかで
空を見ながら過ごしている
ねばならぬ仕事は大体忘れたように
作業台のはしっこに積んでおく

思い立つとそればかり繰り返す
この数日はディヌ・リパッティの
1950年9月16日フランス・ブザンソンでの
最後のリサイタルのCDばかり聴いていた

ディヌ・リパッティはルーマニア生まれのピアニスト
愛妻マドレーヌとスイスに亡命後
類い希なテクニックだけでなく、深い美しさを持ったピアニストとして
世界中の賞賛を得ていた

だが、彼は不治の難病に罹っていて
リパッティも周囲の人も医者も
これが最後の演奏になるとわかっていた
歩くこともおぼつかないまま演奏会場に着き
何本もの点滴を受けながら
舞台に上がった

その時の演奏が録音されて遺っている
「ブザンソン音楽祭における最後のリサイタル」

バッハのパルティータ第1番
モーツァルト ピアノソナタ第8番
シューベルト 即興曲第3番 第2番
ショパン 13のワルツ 

ショパンのワルツは14番まであるけれど
最後にのこした第2番を演奏することはもう出来なかった

リパッティはその年1950年12月2日に33歳の若さで亡くなった

1950年という年は僕が生まれた年でもある
僕が生まれたのは8月5日
その年の6月25日に勃発した朝鮮戦争は
北朝鮮の侵攻の勢いが韓国南端の釜山にまで及び
僕が生まれたその頃も
参戦した米軍・国連軍との激烈な攻防が繰り返されていた
すでに南北双方で数十万人の犠牲が出ていただろう

韓国で生まれ、若くして日本に渡ってきた僕の父は
待ちに待った嫡男の誕生を
どんな思いで受け取ったのだろう

9月16日
リパッティがブザンソンで最後のリサイタルを開いたその日
韓国では15日だが
米軍の精鋭、第1海兵師団、日本に駐留していた第7海兵師団が
ソウル近郊の仁川に上陸
韓国軍7万人とあわせて大規模な反撃がはじまった・・・

世界は広いものだと思う
東洋の小さな半島では同じ民族が
国連軍の名のもとに多国籍の人々をも巻き込み
激しい憎悪を掻き立て殺戮を繰り返し

西洋の小さな田舎町では
人間がなし得る最良の音楽行為が行われていた

リパッティが1950年に亡くなったということは
単なる偶然だけど
彼のピアノを聴いていると
生きてあることの喜びとさびしさと・・・
自分の生とか死とかなにかを重ねてみたくなるのです

もし、自分にとって最後の一枚はと訊かれたら
迷わずリパッティ最後のリサイタルを挙げると思います

いまは、便利なyoutubeというものがあって
リパッティの最後のリサイタルを
演奏順に聴くこともできます
http://star.ap.teacup.com/stravinspy/16.html

これをyoutubeにまとめてUPしてくれた方、本当に奇特な方です。
僕の持ってるCDには入ってないのですが、
ショパンのワルツ2番は力尽きて弾けなかったものの、
最後の最後アンコールにバッハのカンタータ「主よひとの望みの喜びよ」を弾いたそうです。
Youtubeにはこの曲のスタジオ録音盤も入っています。
よかったらみなさん、聴いてちょんまげ!

最近すこし関わっているチベット問題について言えば、
1950年という年は中国がチベット侵略を始めた年でもあります。
なんか、大変な年に生まれてこんなトッチャン坊やでいいのだろうか・・・。

ちなみに僕の叔父、父の弟は1953年朝鮮戦争が休戦になる直前、
江原道の戦闘で27歳・独身のまま命を落としています。
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# by kuukuu_minami | 2009-09-21 16:35
夏の終わりに
今年の夏もおしまいが近付きましたね
なんだか目まぐるしい夏でした
この日記にも書いたこと多ですが
簡単におさらいしてみようと思います

7月12日・吉祥寺・みな李(もとKuuKuu)で
絵本作家の荒井良二と連絡船ライブ
このところ、みな李でやらせてもらってる
月桃企画のごはん付きライブの第3弾でした
荒井さん、相変わらずかわいい!
ライブは「予想以上によかった!」と言ったら
荒井さんに頭をこづかれる・・・

7月末から旭川・こども冨貴堂で4年振りの個展
その準備、とくにテラコッタの像をたくさん作り焼成も2度
25日に旭川に行き、素晴らしい展示をしてくれたスタッフの方々に感謝
26日は冨貴堂上の集会室でチベット子ども村報告会
熱心にスライドと拙いKuuKuuの話を聞いてくれた多くの人々よ
いつもながらありが父さんなら母さんもありで、つまり僕もありが父さんでしたよ!

翌日はその可愛いスタッフ3人娘とともに車で富良野紀行
なつかしのノルテポトシに泊
晩ごはんのカレーをちょっとまめ蔵風にアレンジ
夜はおっちゃんのフォルクローレ仲間が加わり
ケーナ、チャランゴ、ギター、太鼓で最高潮
だが、ワテはいつもの通り、おねむタイムとなりにけり

翌日は4人でアムプリン製作所を上富良野?平沢に訪ねる
久しぶりのカトキチ&アムのふたりはますますマイペースで
夢の実現に向かっているご様子・・・
がんばっちおくんろ!
みんなで食したバーベキュー、おいしかったことよ!

その日のうちに札幌に帰る3人娘を送って
あとはカトキチ&アムチャンと3人で散策
その夜はアムプリン自宅に泊めてもらう
椌椌のDVD作品集とチベット子ども村探訪のDVDを見てもらう
なんか感激してくれたらしい・・・
お返し?にカトキチが自作の歌を何曲も歌ってくれた
いい夜でありました

翌日午後のバスで札幌へ
チベット人がオーナーのヒマラヤ食堂で
友人MとKと落合い、しばしのランチの後
チベットのスライド&お話会の会場・みんたるへ

ここは4年前高田渡氏が倒れる直前に会った場所
思い出すこと多し

スライド&お話会は多くの人が集まり
札幌在住のチベタンも来てくださり
なかなか密度の濃い集まりでありました
みんたるでは偶然の出会いもあり、面白うござんした

そんなこんなで旭川・富良野・札幌の旅はよかとよかとでごわっ!


8月5日はワテの誕生日でありんしたが
念願だった「第一回まめ蔵寄席」
古今亭菊六さんをお迎えして、大盛況の賑わい
演目は「金明竹」に「船徳」
いやあ、素晴らしいぜ菊六さん!

次回は12月15日
もちろん菊六二席でございます
もう先行予約受け付け中
コメントでもメッセージでも了ですよ!

8月11日は我が甥っ子・耕太の結婚式
ところも軽井沢「石の教会」=内村鑑三記念堂とのこと
無教会派のクリスチャン内村鑑三を称揚するにふさわしく
十字架もなければ跪くためのマット?もない
光りと緑がすがすがしい聖堂
耕太と花嫁・沙織ちゃんの愛らしく瑞々しいこと!

披露宴は旧軽の近衛邸での貸し切りパーティー
なんかこんな時でもないと足も踏み入れられない近衛邸
意外と素朴なたたずまいが好ましい
料理は「石の教会」系列のホテルの厨房スタッフの
心づくしのフランス料理
うまかった!ワインもうまかった!

その夜は近衛邸の各部屋を貸し切りでお泊まり
贅沢な感もなくはないけど、一生に一度の結婚だもの(??)
ええんでねえの!
耕太と沙織に幸あれと混じりけなく思ったのでありました

8月17日には「みな李」で「どっきり誕生会」
狂喜したくなるような友人たちの
まったく予想だにしなかったサプライズプレゼントでした!

吉祥寺の韓国料理店・みな李スタッフのトモキ君の送別パーティーに呼ばれて
まあ、外部の者なので顔だけ出せばいいかなと、30分遅れで行ったのでしたが・・・・
店に下りる階段から中をのぞくと、トモキの仲良したちに混じって、あれこじっさが、あれ映美ちゃんが、クレイグも?あれダイちゃんが、野村君が、千尋ちゃんも、幸も、ワトも、マットモ、京子ちゃんも、オカシイ!トモキの友だちのわけないメンバーがそろっている・・。それに原マスミまで笑ってる!
みんな超忙しいクリエイターなんだけど、こんな風に勢揃いするのは珍しいくらいです・・・いったい今日はナンの日なのだ?

わけのわからんボクを見てみんな笑ってる・・・
そうこうするうちに、マルが作ったという垂れ幕のご開帳!
そこに絵とともに書かれていたのは
「南椌椌 59歳おめでとう!!」の大きな文字!
なんじゃ!こりゃあ!

みんながボクに内緒で仕組んだサプライズプレゼントだったのです。
いやあ、参りました、驚いてびっくりしてたまげました、ホンマに・・・。
こんな誕生祝いって、後にも先にもあっちゃならんと思ったのでした
でも、みんなありがとう!!

8月末からの
若き我が友・渡邉知樹の個展は恵比寿のギャラリーまある
オープニングの日に去年のチベット展で知り合った
歌姫・川辺ゆかさんと落ち合い
遙かななつかしい歌声を所望・・・すばらしい!
ご存知、マツクラユキコもいよいよ愉しい歌をご披露

ちなみに川辺ゆかさんは神戸の人
10月31日夜8時より中野カルマで
東京では珍しいライブがあります
日本の民謡、チベットの歌、マケドニアの歌、琉球古謡・・・・
ぜひいらしてくださいな!

知樹の個展は無数に近い紙粘土の「ことりたち」と
あたまに花や蓮根のせたとぼけた造形感覚が
うれしい小さな「ひとがた」たちがにぎやかに
さえずっておりました、よかったですたい!

9月5日武蔵野公会堂
我が学友?渡辺勝のデビュー40周年記念ライブ
友人のよしみで制作を手伝わせていただく

客演の関西の伝説・戸張大輔のソロに
勝の歌の相方マツクラユキコはもちろん
仲間・アーリータイムス・ストリングバンド
至上のサックス奏者・もとフェダインの川下直広
さらに我が相方の舞姫・山田せつ子のダンス
それぞれが、あり得ないくらいの振動数で交感しあう
最高のセッションを見せてくれました

危惧していた客席も満員・立ち見の盛況で
スタッフ一同感涙にむせび泣く・・・いえ
にこにこ顔で「みな李」での打ち上げも素晴らしい大団円となりました

9月6日は
亡き姉・すみえちゃんの七回忌
嫁ぎ先ゆかりの亀戸・龍眼寺にて
毎年この頃になると
ふたつ違いの姉が55歳で死ななければならなかったのか
本当に納得がいかない思いが募るのです
やさしくあったかい姉でした

でも七回忌ともなれば
なんとも賑やかな会食の席で
久しぶりに集う両家の面々も笑顔で時を過ごしたのでした

9月8日は西荻ロック食堂
もとKuuKuuの第2シェフ・ななおちんこ丸師が親友のシン君と開いた
いまのところ世にもおかしな食堂の開店祝いと
鹿児島に帰ったみっしーとんとん
2年半ぶりに中米・南米・北米放浪の旅から帰ってきたショーゴ
おかえりなさいパーティーは
まめ蔵・KuuKuuグループ30人くらいが揃った
ぎゃあぎゃあ騒ぎすぎだよ!
だれが?ボク?・・・じゃ、寝ます・・・くーくー・・・

ホンマ愉快な夜でした!

まあ、これ以外にもお誘いあらばでかけ、なくば誘って
毎日の大小宴会はうち続くのでありんすよ

で、久しぶりに血液検査と超音波検査受けました
それなりの要注意点はありますが
先生曰く、飲み足りないんじゃない?
は、ありがとうございます!

で、今月中には胃カメラと大腸内視鏡もやらせていただきます
こちらはほぼ3年振りなのですが、ま、なにもにゃらんことでがしょ

この夏見た映画ベスト
ポルトガルのドキュメンタリー監督ペドロ・コスタの
『ヴァンダの部屋』すごい!
モチーフの悲惨さを越えるコスタの圧倒的な作家性に打たれる
他の作品のDVDも大半は我が家にあり・・・・見ますぞ!

この夏読んだ本ベスト
ポール・オースター『幻影の書』
ごくたまに小説を読みたくなる時
必ずポール・オースターの作品を読むようになって
10年くらいになるかな
たぶんこの10年彼の作品以外の小説は
買っても読了してはいないと思う

『幻影の書」も読み始めたらあっという間に引きづり込まれ
いつもながらの偶然の音楽的物語展開に
「またかよ!」と呟きつつも堪能堪能・・・
翻訳はいつもの柴田元幸さん
彼の翻訳は大好きでありますが
今回のはちょっと「?」マークありかも
もはやポール・オースターは柴田さん訳しかないのですが
なんか今回手練れの翻訳がちょっと紋切り型になりかかってるような印象
なんちってなのですが、まだ未読の方
本屋さんや図書館に行けば必ず何冊かあると思います
ぜひ一読をすすめます!

そんなこんなの賑やかな夏ももう終わりですね
もう秋か・・・秋は詩のひとつふたつでも書けるほどの静寂の時間を・・・
作りたいです、まったくホントに・・・がんばります!


写真上
古今亭菊六さんを囲んで

写真中
渡邉知樹の個展オープニングにて
左はしで不思議な笑みを浮かべているのが歌姫・川辺ゆかちゃん

写真下
渡辺勝魂の歌をうたう

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# by kuukuu_minami | 2009-09-12 22:08
北海道なのである

今年の夏はどこもかしこも天候不順で東京は空梅雨気味の梅雨が明けたと思ったらその後ずっと愚図な天気が続いていますね。愚図なついでに久しぶりの長い日記です。

7月25日から30日まで北海道に行ってました。
旭川の「こども冨貴堂」という絵本屋さんのギャラリーでの個展と、チベット難民のこども達の学校を訪ねた報告会を旭川と札幌で開催という目的と、北海道の友人たちと久しぶりの再会を果たすという目的をごしゃっと混ぜ合わせた今回の旅行でした。

旭川では旧知の画家イタヤン夫妻のやってる「モケラモケラ」というスペースで歓迎会を開いてもらい、美味しすぎる料理と酒と、手作り一弦楽器のセッションにオラが人前では滅多にやらないというより生涯初めての即興ピアノ演奏で花を添える?というなんとまあの贅沢な夜はずんずん更けてゆくのでした。

こども冨貴堂での個展「桃の人でてきたよ」は4年前の個展でもすっかりお世話になったあんみちゃんがとても素敵な展示をしてくれて、ありがとう!いっぱいの会場になっておりました。ガラス絵の近作やちびっこテラコッタたちが可愛く並んでいましたぞ。でも、写真撮るのを忘れました!
26日の「チベット子ども村」訪問報告会も、多くの人に来ていただき、いい雰囲気で終わることができました。旭川でチベットサポートイベントは初めてかも知れないということでした。終わってからの懇親会も旭川の旧知未知のオオラカな人たちとの蜜っぽい宴会で、酔っぱらってどんな話したか覚えてない話がメチャ楽しかった?です!

翌日は四年前に行って激しくお気に入りになった上富良野の宿「ノルテポトシ」に投宿。同行が旭川の個展を企画してくれたあんみちゃんとかおりちゃん、その友だちのさきちゃんという美しい三人娘・・・・こんなことってあり? ありなんです、だってボクはおっさんというより世間では「おばさん」で通ってるんですから、まあお互い気楽な稼業でドライブして夕方のノルテポトシに着いたのでした。
「ノルテポトシ」は南米ボリビア山中にあるような安宿で亭主のカルロス・オッチャンがほとんど独力で建て、ひとりで仕切っているのであり、安宿にふさわしいお気楽な雰囲気と二段ベッドの相部屋が売り?のお宿です。
カルロス・オッチャンは名前から想像できるように日本語以外はひとことも喋れない自称ボリビア人で、夕食後のフォルクローレ・ライブを何よりの愉しみに生きているホンマに素晴らしいおっちゃんであります。
この日はフォルクローレ仲間が3人集まってのアンデス・ライブを披露してくれましたが、月桃氏は後半がはじまる頃にはまったりふにゃらか酔い酔いであさっての方角で夢見ておりました。いやあ、本当に素晴らしかった・・・ようです。

「ノルテポトシ」は富良野方面を旅する方には絶対おすすめの宿です。一泊二食ライブ付きで基本4500円、酒類は持ち込み可です。今夏は目の前の休耕田が一面のヒマワリ畑でありました。
ノルテポトシはHPを持ってないようですが、開業17年のお祭りの様子がお隣の諸国民芸カフェ「サリーリ」のHPで読むことができます。サリーリのご主人ボラッチョさんもフォルクローレ仲間です。←オモシロイオヒトデス。
http://hammocks.air-nifty.com/sariri/2008/09/post-7211.html

翌日は朝ごはんのあと、おっちゃんのアンデス紙芝居を見せてもらって、サリーリに寄りおいしいチャイをご馳走になってから「エゾアムプリン」へ!

「エゾアムプリン」はカトキチ&アムチャンという若い夫婦の絶品プリン工場です。アムプリンは三年ちょっと前までは東京・国分寺に在住、濃厚で魂に届くようなプリンを国分寺や吉祥寺で路駐販売していた伝説のプリン屋さんです。現在は若きカトキチ&アムチャンが生涯永住の地として選んだ富良野で道内、道外に特製の素焼き容器に入れたプリンを通信販売している、知る人ぞ知るプリンの達人夫婦です。三年以上振りで会ったふたりは相変わらずひょうひょうとした雰囲気でみんなにラムバーベキューを振る舞ってくれ、大きな北海道の空の下でなんとも豊な時間を味合わせてもらいました。
来年はふたり念願の藁の家(ストロウ・ベリーハウス)を建てる計画が着々と進行中です。がんばれアムプリン!
そして旭川に今日中に帰らねばならない美しい三人娘と涙のお別れをして、ワタクシのみアムプリン宅に泊めてもらうのでした。
ふたりの同居人のコロちゃんも男性には絶対なつかないという不文律を破ってオラにスリスリしまっくて来たのにはふたりもびっくりで、やっぱり月桃おばさん説を裏付ける重要な状況証拠とあいなったのでありました。

夕方コロちゃんも交えて散歩に出かけて、富良野の風景と時間をしかと胸に刻みつけたワタクシはしっかりとよい人間になろうと思い定めたのでした。
http://www.amupurin.com/

翌日は札幌に向かいました。
旧知のM氏と、故人となって3年の友人Kの奥様とチベット人経営の料理屋「ヒマラヤ食堂」で落合い、おいしいネパールカレーとナンでお昼を食し、K宅に案内されKの霊前に手をあわせしばしKの思い出などを語り合い、北大近くの「みんたる」に向かいました。

「みんたる」は25年ほど前の「まめ蔵」常連のみかよさんが経営するネパールの品のフェアトレードやネパール風ごはんを食べさせてくれるお店。かなり頻繁に硬派な学習会やイベント、コンサートなども開いています。
今回、ここでは英国BBC制作のチベット現代史のドキュメンタリー上映とインドのダラムサラのチベット難民の子ども村訪問報告会を開きました。旧知の友人も未知の友人も、北海道在住のチベタンも来てくれてとても面白く充実した夜になりました。
今回上映したBBCのドキュメンタリーは20世紀初頭からの貴重なチベットの映像を編集したもので、去年のポレポレ坐でのイベントを契機に日本語字幕版を作りました。中国のチベット侵攻の1959年までの記録です。チベットがいかに列強の領土的思惑に翻弄されてきたか、かなり整理され分かりやすく編集されています。
後半のチベット子ども村の写真上映と合わせて、チベット超わかばマークの月桃としてはかなりいい会ができたのではないでしょうか。ダラムサラに行ったことのある人もたくさん来てくれてましたしね。
打ち上げの席でもいろいろ教えられる話が聞けて楽しかったなあ。最後はいつものように酔っぱらっておっさんおばさんギャグで顰蹙買った鴨鍋?
http://www.mintaru.com/

そんなわけで目論見はほぼ完璧に達成されました。
個展もチベット報告も友人たちとの再会もどれも「ええんでねえの・・」という「北の国から」の黒板五郎ちゃんの口吻そのままの嬉しい顛末を得て、月桃99%氏は至極ご満悦で羽田に向かう機上のおっさんとなったのでした。

そして、なんと空中飛行の窓から見た天上雲上世界の美しさと言ったら生涯最高の自然の神秘をあじあわせてくれたのでした。
びっくりして驚いてサプライズの感情に浸されました。
驚いてサプライズしてびっくりこいたと言い換えてもいいくらいのものでした。
ガキの頃、マジに「オラ、雲さなりてえ」と思ってたあの頃をしっかりと思い出させてもらったのです。

久しぶりの長い日記でしたが、最後まで読んでいただいた方、あるいは最後しか読んでくれなかった方、ありがとうございました。
これからも、絵やテラコッタやチベットサポート、頑張りますのでご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!

そう、8月5日の「第一回まめ蔵寄席」は完売どころか超定員オーバーです。古今亭菊六さんの噺、いまから楽しみであります。2回目の「まめ蔵寄席」も12月クリスマス前後に菊六さんをお呼びして開く予定です。日程はまだ決まってませんが、次回はきっと、というお方、いまのうちにメッセージくだされば超事前予約扱いでお名前確保しておきますよ!

写真上 カトキチ&アムチャンとコロちゃん
中  ケーナを吹くカルロス・オッチャン
下  アンデスの音楽に浸る月桃氏と北の国の姫たち
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# by kuukuu_minami | 2009-08-02 20:33
梅干し・ぬか床・旭川
今年の我が家の梅は豊作だった。
見るからに素朴な古い梅の木だが、毎年うつくしい白梅を咲かせてくれる。
2月の10日頃には最初の春の愉しみを教えてくれるのだ。

今年は例年になく花の数も多く、したがって梅の実もたわわに実った。
梅の実が葡萄のように鈴なりに成るなんていままで見たことがなかったが、
今年の我が家の庭ではそうだった。
そこでほどよい数の実を残して摘果してあげれば、
おおきく顔色のよい南高梅みたいな梅が育ったはずなのだが、
摘果なんて可哀想でそんなに出来ることではない。商売じゃないんだから・・・。

6月の半ば過ぎ、5kgくらいの青梅を摘んで
梅干し、梅酒、梅ジャム(ダラムサラのヒマラヤシャクナゲのジャムと合わせて)、
そしてはじめての試みの台湾風茶梅を仕込んだ。
これまでに食してみたのは梅ジャムだけだが、これがホンマに絶品!
すぐにまめ蔵に持っていってスタッフの口にムリヤリ押し込み、ウマイ!と絶叫させる・・・・

梅干しは塩分を控えすぎたせいか、途中でカビかと疑われる微かに白い薄膜がはりかかったが、
思い切ってすべての梅を35度のホワイトリカーで洗い、
残った梅酢は煮立たせてアクを取り美しい透明な梅酢に戻して梅も戻し合わせたら、
あとはずっと透明な佇まいで梅雨明けを迎えた。

土用の今日まで待たずに晴天続きの頃、ざるに梅を並べて天日干しをした。
あの日差しの強すぎた数日前のことだ。
普通、どの梅干し作りのレシピを見ても
「天日干し3日間、午後に梅を裏返して夜は室内に取り入れる」とあるが、
こないだの日差しは2日間が限度だと判断して
3日目には赤紫蘇と赤ざらめをまぶしながらタッパに並べて冷蔵庫に恭しく保存。

残った赤紫蘇はまだ乾燥途中だが、
口に含めるとなんとも言えない薫りと酸味が身体の奥から精気を呼んでくれるよう。
カリカリに乾いたらすり鉢でこすってあげて「ゆかり」を作ってあげよう。
これがまたうまいのなんのって!

ちょっと日干しにして消毒した梅酢は瓶詰めにして冷蔵庫に保存、
たたききうりや大根かぶらの梅酢和えしてあげるとたまりません!

梅干しは今年の暮れくらいまで我慢、いや来年春くらいに最初の一粒を口に含んでみたいと思うのです。
どんな塩梅・あんばい(いい漢字だね)になるかすっごい楽しみではござります。

なんで梅干しのことを書きたくなったかというと、
きょう夕方いつも行ってる吉祥寺の蕎麦屋・中清で日経新聞の朝刊に載ってた
川上弘美さんの「ぬか床のごきげん」というエッセイが滅法面白かったから。
ネットの日経欄を見ても見つけられず、全文ここに引用するのも面倒なので
興味のある方は図書館などで探してみてください。
さすが、KuuKuuにも来てくれてた川上弘美さん、
洒脱で柔らかい女性にしか書けない文章を書いてくれます。
読んでたらぬか漬けにもトライしたくなった。

さて、今日から北海道旭川の「こども冨貴堂・ギャラリー」で椌椌の個展がはじまりました。
ガラス絵とテラコッタの新作中心でいつものように展示しきれないくらいの作品を送ってしまったのですが、
市立図書館のあんみちゃんはじめスタッフの方々が全てを展示してくれたそうです。
ありがたいことです!

作家であるワタクシは25日から30日まで旭川・富良野・札幌を巡ってきます。
旭川のギャラリーと札幌の「みんたる」ではダラムサラの「チベット子ども村」訪問記を
スライドとお話でレクチャー????して来ます。

吉祥寺や国分寺ではスター級のプリン屋さんだった「アムプリン」の移住先、
上富良野を訪ねて久しぶりに飲んでアホ話に明け暮れてこようとも思っている次第。

アムプリンのプリンは絶品だすぜ!地方発送もするので、
よかったら↓HP見てホワイトチョコレート!(すまん、酔いが回ってきた・・・)
http://www.amupurin.com/

写真は採りたての梅っ子たち。

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# by kuukuu_minami | 2009-07-21 09:02
第一回まめ蔵寄席
またまたすみません、予約満杯になってからの情報です。

8月5日(水曜日)、月桃99%が経営している創業31年の吉祥寺カレー屋「まめ蔵」で、念願だった「まめ蔵寄席」を開催することになりました。

そこそこの落語好きで新宿・末広亭や上野・鈴本など古くからある寄席に通ったり、贔屓の落語家さんのホールでの独演会などにも好んで通います。笑うことがまあ大好きなおっさんなのです。もちろん人情噺もね・・・。

さて、第一回「まめ蔵寄席」では若手の噺家さんではピカ一(月桃談)の古今亭菊六さんに二席の古典落語をたっぷり話していただきます。
菊六さんは今年30歳になったばかりの二つ目さんですが、写真で見ての通りの姿の奇麗なこと落語のうまいことうまいこと、絶対のおすすめです。(と言ってももう予約締め切ってしまいましたが・・・)

午後6時半開場 7時開演
終演後、8時半からの「まめ蔵カレーとフリードリンク」の懇親会込みで3000円という目の玉が引っ込んじゃうほどのリーズナブルな料金です。(と言ってももう締め切ってしまいましたが・・・)

定員40名の親密なカレー屋空間で江戸情緒たっぷりの落語を楽しむ・・・意外とイケルと思いますよ!

第二回まめ蔵寄席は
やはり菊六さんにいらしていただくことになりました。
日時、12月のクリスマス前後の平日(未定)
今度は早めに情報お伝えしますね!


古今亭菊六プロフィール
2001年 学習院大学文学部卒業
2002年11月1日 古今亭円菊に入門
2003年正月二之席より前座となる
     前座名「菊六」
2006年5月下席より二ツ目昇進
2006年〜2008年度 NHK新人演芸大賞本選出場
2008年 落語一番勝負若手落語家グランプリ受賞
「築地魚河岸三代目」DVD特典映像ナレーション担当
ポッドキャスト「eureka!」で「落語で覚える江戸しぐさ」12回講座担当

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# by kuukuu_minami | 2009-07-06 01:48
月刊クーヨン
ちょっと遅い情報でスミマセン!

クレヨンハウス発行の育児雑誌「月刊クーヨン」の最新号(6月3日発売)にこのブログにも大量に書かせてもらった「チベットの子ども村」TCV訪問記を掲載しました。。
3ページの記事ですが、簡潔に分かりやすく書いたつもりです。写真は同行してくれたフォトジャーナリスト・野田雅也さん渾身の14点。

ただいま育児中の方もそうでない方も、チベットに関心のある方もそうでない方も、よかったら書店でお求めくださいな!
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# by kuukuu_minami | 2009-07-06 01:43
ダラムサラ報告  最終回
これまで一ヶ月以上にわたって書いて来ました、ダラムサラ報告、泣いても笑っても眠り込んでも最終回となりました。長い間のご愛顧まことにありがたく感謝申し上げます。この日記が、読んでくださった方のなかに小さな波紋ひとつでも残してくれたらこれにまさる幸せはないだろうと思うきょうこの頃でございます。
(なんか本気っぽくないなあと感じてる キミ、もう少し正直になった方がいいと思うよ・・・)

さて、以下はちょっとマジに。

わずか3週間の旅でしたが
よく歩き、よく見、よく笑い、自分なりにすこし考えた旅でした
チベット問題は複雑で難しく、深く考えることを強いる面もあります
大国が小国を武力で翻弄して支配下に置いているのですから
現代史の様々な要因が絡み合って利害関係を生み
弱いチベットはますます追い込まれさらに弱くなっているように思えます
しかし、精神的な面、あるいはただ人間的な面といってもよい
強いチベットは「にもかかわらず」ますます強くなっているようにも思えます

ボクの日記はチベット関連の文章の中では例外的に軽い筆致だと思いますが、それは強いチベットに若干触れたが故の安心感と、もともとのお気楽精神が書かせた文章だからです

ダラムサラのチベット人はとても魅力的な人々です
チャーミングでやさしく、笑顔がたまらなく可愛い人々です

彼らは自分たちの置かれた状況をよく知っています
希望よりは絶望に近いところで生きているのかも知れません

そんな彼らですが、とくに子どもたちの表情を見ていると
この人々は決して負けないだろうと思わずにはいられませんでした

このお気楽な日記を読んで少しでもチベットに関心を持っていただけたら嬉しいのです
亡命してきた多くのチベット人は「わたしたちのことを忘れないで」「わたしたちのことを誰かに伝えて」と訴えています

ボクは決して活動家になるような人間ではありませんが、折に触れチベットのことについては考え、チベットの友人として歩いていこうと思っているわけです。

上の写真は3月10日のダライラマ法王亡命記念日のデモ行進でのパッサン・ドルジェ(帽子に髭の男)です。いつもルンタ・レストランで歌ってばかりのコックさんですが、苛酷な獄中体験を持っています。
月桃雑記の↓にダイジェストで書きましたので、よかったら読んで&読み直してくださいませ!!!!!
http://kuukuu99.exblog.jp/10830739/

中の写真は尼僧・ジャンジュップ・チェドゥン。中原君の部屋でのひとこまですが、彼女も凄まじい体験をして来ました。
詳しくは中原君のブログを読んでみてくださいませ!!!!
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2009-03.html

下の写真はホーム7のタシとクンガ。この写真だけは野田雅也どんの写真を無断拝借いたしました。ダラムサラのTCVがいかに難民の子どもたちにとって救いなのか、この写真だけでわかると思います。

TCV =Tibetan Children's Villageへの寄付、里親制度などについて関心のある方はぜひ↓のサイトをご覧くださいませ!!!!!!
チベット・サポートグループ KIKU
http://www.tsg-kiku.com/
チベットサポート基金
http://www.yasuragi.com/tibet/

年間4万円ほどでひとりの子どもの学費や生活費をまかなうことが出来ます。
現地に行って里子さんと会って遊んだりすることもできます。それに、TCVの子どもたちと遊んで心身ともに元気になる自分を発見することだってできますよ。

こんなところで・・・・長らくお騒がせいたしました。
またどこかでお会いできる時まで・・・・元気でほがらかに生きていきましょう!ダラムサラのチベタンはみんなそうでしたよ!
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# by kuukuu_minami | 2009-05-04 23:05