チベットの子ども村  その7
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なんか、ダラムサラだからってダラダラ続けてんじゃないよ!って声が聞こえて来そうなので、あと2回で終わりにします。
最後までお読みになって、また最初から通して読んでくださると、月桃先生はスコブル・ウレシイと申しております。

TCV「チベットの子ども村」はダラムサラやゴパルプールの寄宿舎制ばかりではなく、親といっしょに住める子どもたちが通うディスクールもあります。

上の写真は、ルンタレストランの直子・ソナム夫妻の次女のチカちゃん。ダラムサラ・マクロードガンジのディスクールで朝の祈りの時間。チカちゃんはよく通る声で一生懸命唱和していました。
このディスクルールは敷地も小さく生徒数も少ないですが、みんなじゃりん子なのでやたら賑やかな学校です。でも、先生はけっこう厳しいですよ。お祈りの時間によそ見したり隣とつつき合ったりしてると先生のげんこつが飛んだりします。日本だったら「体罰」で訴えられる先生続出かも知れません。

中の写真はおなじみのチョゲルです。これ以上里親のぼんちっちどんにサービスする必要はないのですが、チョゲルが嬉しそうに持っている2枚のカードは何を隠そう、隠しだてはきらいであり、チョゲルが選んだ月桃先生のカードなのです。チョゲルよ、そのセンスを持ってすればキミはTCV出身のアートディレクターとして活躍できるのではあるまいか・・・。

下の写真の少女も、その瞳の涼しさ、汚れない自然さにぐっと魅かれたのです。チベットの子どもはどの子でも、不思議なほど深く穏やかなまなざしを持ています。その理由は自分なりに考えましたが、ここでは申しません。

次回でダラムサラ報告はいよいよ最終回です。(たぶん、おそらく・・・)
里親制度についてもお知らせします。



ここまで書いて、一息ついてたら忌野清志郎さんが亡くなったことを知りました。
58歳、まったく同世代の本当に個性溢れる表現者が逝ってしまった。さびしいな、無念だったろうな・・・・・。
いまはただご冥福を祈り、合掌するのみです。
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# by kuukuu_minami | 2009-05-03 20:04
ゴパルプールのTCV
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ダラムサラから車で1時間ほど走ったカングラ地方の丘陵地帯、ゴパルプールにもTCV「チベットの子ども村」があります。10年ほど前に開校した新しいTCVです。周囲はヒマラヤの峰と日本のお茶とよく似た茶畑がひろがる穏やかな土地柄ですが、ここにも1500人ほどの生徒が学んでいます。

ゴパルプールのTCVにひとりの日本人医師が校医として滞在していました。
新潟県出身の医師・柿原敏夫先生です。
柿原先生はチベットの難民のためにと自ら望んで2004年にゴパルプールのTCV校医として着任され、その年にはご家族とともに1年間校内の寮に住みながら子どもたちの検診に当たりました。
その後は毎年3月〜4月にかけて単身で滞在され1500人の子どもたちの検診を行っています。TCVからはまったく報酬を受けておらず、すべてボランティアでのお仕事です。

柿原先生は飄々とした自然体の方で、チベットの子どもたちを見る目はとてもやさしく、慈愛という言葉がぴったりの先生でした。(先生はやめてくれよ、と言うでしょうが)

前の年のカルテを見ながら子どもたちを診る先生はゴパルプールのTCVにはなくてはならない存在です。ほとんどの子どもは何の問題もない健康体ですが、中には町の病院に送って治療を受けなければならない子どももいます。
心臓に欠陥があって先生の診断で事なきを得た子どももいたそうです。

TCVの子どもたちは世界中からの基金・寄付で不自由のない学びの生活を送っていますが、柿原先生のようにボランティアで永年診察を続けておられる方があってさらに平安な日々がもたらされるのだと思いました。

写真上:ゴパルプールのTCVはこのような風景に見守られています。平和でのどかで、チベット人だからといって威嚇するような人はいません・・・当たり前ですが。

写真中:お休みの日の昼下がり、仲良しどうしで広い校内を散歩してました。

写真下:診療室で中学生の検診をしている柿原先生。1日に100人以上の子どもを診るそうです。
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# by kuukuu_minami | 2009-05-02 09:48
チベットの子ども村  その6
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きょうはTCVの遊び風景です。
とにかく子どもたちは遊び上手です。時間が少しでもあればとことん遊びます。
そんな姿を見ていると「遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけむ」という梁塵秘抄の古歌を思いだします。

みなさん、この遊びしたことがありますか?
3人で足を組み合って歌ってケンケンしながらぐるぐる回る遊びです。
どこかで見たことがあるような気もしますが、何人かの女の子に聞いてみたけどやったことはないそうです。

手前の女の子は前の日記で重いゴミの入ったバケツを運んでいたテンジン・パルモです。いつもとてもクールな感じだったのですが、仲間と遊んでる時はとても明るくやんちゃな女の子になってくれました。
ふたりの子は姉弟です。
姉さんはリンチェン・キュイ・10歳、弟はタシ・ドゥンドゥップ・8歳です。この姉弟は2年前にこのTCVにやって来ました。
2年前、ふたりはチベット本土から亡命して来たのです。しかも、5700メートルのヒマラヤを徒歩で18日間歩いて来たのです。大人たちに混ざって苛酷といってはまだ足りないような旅をして中国・ネパールの国境を越えて亡命して来たのです。ふたりはとてもシャイで亡命のことについては多くは語りませんでしたが、18日間一度も屋根の下では眠らなかったそうです。そのことを聞いただけで涙が出てきました。弟のタシは当時6歳でしたが、18日間自分の足だけで歩き通したと恥ずかしそうに語ってくれました。
こんな3人ですが、遊んでいる時のなんと嬉しそうなこと!

なわ跳びをしているのはテンジン・チョゲル8歳です。この子も2年半ほど前チベット本土から亡命して来ました。チベットの首都ラサからお母さんといっしょに車でネパール国境の町まで来たそうです。インドに亡命後お母さんはまたチベット・ラサまで帰っていきました。ときどきホーム7のお兄ちゃんのお母さんと連絡をとりあっているようです。
チョゲルもまたとてもシャイな男の子ですがツボにはまるとはじけます。その弾け方がか可愛いのです。
チョゲルの脇を走っているのがリンチェン・キュイです。

3枚目の写真は朝ごはんのあとの登校前、さんざん遊んだのに女の子だけで集まって「ねえねえ、次なにして遊ぶ?」と相談してるところ。
そのエネルギーたるや「恐るべき子どもたち」であります。
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# by kuukuu_minami | 2009-05-01 08:30
チベットの子ども村  その5
きょうは、もうたまらない3枚の写真です。

真ん中の赤いセーターの天然パーマの女の子は2回目の登場ですね。
名前はタシかクンガのどちらかで、この3月にTCVに来たばかりの孤児ちゃんです。くちびるを尖らせてちょっと顔をしかめて何を考えているのでしょう・・・。抱きしめたくなるような子です。

ほかのふたりの男の子の名前はわかりません。
帽子をかぶった少年はネパールかインドの血が混ざっているかも知れませんね。
なんとも言えない優美な表情をしていました。

坊主あたまの少年は、定番のハナタレ小僧です。なんちゅうか、まったくもって可愛すぎる少年です。
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# by kuukuu_minami | 2009-04-30 11:26
チベットの子ども村  その4

TCVで撮った子どもたちの写真でお気に入りの中から3枚お見せします。
たまたまこの3人ともテンジンという名前を持っています。

ホーム7のテンジン・ユウロは15歳、みんなのお姉さんのような存在です。やさしい笑顔が印象的です。チベット・ラサ近郊の町ロカで3人姉妹の末っ子として生まれましたが、2000年の春、姉妹のひとりでもチベットの文化と宗教を学んでほしいという両親の考えでインドに亡命して来ました。ネパールの国境の町・ダムまでは中国公安の検問を逃れ車のシートに隠れるようにして来たそうです。そこから歩いてネパール領の安全な地域までたどり着きました。まだ6歳だったユウロは両親と離れて遠い旅に出ることがとても不安だったそうです。いまでも両親とふたりの姉さんはロカと北京に住んでいます。

家族には会いたいけど、いまはインドで学ぶことが大事なことだから・・・と語る15歳の少女。勉強がはかどるとエキサイティングな気持ちになると微笑みながら語ってくれました。理科系の科目が大好きで、将来はお医者さんになりたいそうです。

ホーム7に通った最後の日に子どもたちに月桃の絵のカードやTシャツをプレゼントしました。ユウロが手にしているのは彼女が選んでくれたカードです。

テンジン・パルデンは2年生。ちょっと前の日記でホーム7の部屋でひとり写ってた男の子です。その時は髪の毛がありましたが、この時は丸坊主にされていました。頭のてっぺんに大きなおできが出来ていたのです。

パルデンはダラムサラ近くのカングラ地方で生まれ2年前小学校に入るときにTCVに預けられました。もの静かですが何故かとても気になる男の子です。

ある時、夕ごはんが終わってカメラマンの野田さんと悪のりして子どもたちを集めて「歌え!踊れ!遊べ!」みたいな感じになったとき、さっきまで丸坊主でおとなしかったパルデンがいきなり毛糸の帽子を目深にかぶって登場して、あれよという間にブレイクダンスを始めたのです。いやあ、あっけにとられたの何のって、すごくリズム感があってメチャうまいんですよ。みんなやんやの喝采で盛り上がりましたね。パルデンはひとしきり踊ったあと、何事もなかったように部屋から出ていきました。いい顔した男の子でしょ。

テンジン・パルモはとても美しい少女です。
最初会ったときには、みんなから離れてひとりでいることが多く、どこか寂しげな表情ときりっとした佇まいがふたりのおっさんの胸をハラハラと打ち、思わずチベット難民の子どもたちの学校を取材するという崇高なミッションを忘れて、自ら少年時代に還ってしまったかのような錯覚に陥った・・・なんてことは断じてありませんから・・・。

パルモに次に会ったときには、少女らしい明るさを取り戻していました。仲間と楽しそうに遊んでいる時の表情がまたよくて、その写真は次回に・・・。この日は当番だったのか、かなり重そうなUSAのバケツ缶に入ったゴミをゴミ捨て場に運びに行ってる途中に撮ったのがこの写真です。我ながら傑作だと思わずにはいられません。(こんなに重そうなバケツを運んでる少女を見て、おまえは手伝おうともせず、シャッターを押していたのか?!という批判は甘んじて受けます・・・事実です、スイマセン・・・)

「チベットの子ども村」日記では次回までで15枚の写真をお見せするつもりでしたが、懐かしく素晴らしい表情の写真が多いのでもう少し続けさせてくださいね。彼らの表情の向こう側にチベットの悲劇の現実があるということも、重ねて見ていただけたら嬉しいです。
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# by kuukuu_minami | 2009-04-28 22:37
チベットの子ども村  その3
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TCVではホームに住んでる子どもたちが、洗濯、掃除、食事の支度を当番制でこなしています。みんな楽しそうにチームワークを組んでせっせせっせとやっていました。洗濯はかなり昔風のスタイルですが、洗剤とタワシのようなもので強くこするので汚れはバッチリ落ちているようでした。

日曜日でしたが、洗濯ものを干したところで、女の子は女の子らしく髪の毛をとかしたりしてました。どこでも女の子は身だしなみが大事ですよね。

お風呂の日には外の水場でお姉さんたちが年下の子を洗ってあげていました。まだ寒い日だったので男の子はふるえていましたっけ。

正直、うらやましくなる光景でした!
(いえ、お姉さんに洗ってもらうことが、ではなく・・・TCVでの子どもたちの暮らしぶりが、です。)

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# by kuukuu_minami | 2009-04-26 00:05
チベットの子ども村  その2
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Tibetan Children's Village (TCV)の仲良しツーショット3点です。

可愛い(可愛すぎる!)タシとクンガというふたりの女の子はこの3月にダラムサラのTCV・ホーム7にやって来たばかりです。北インドの仏教徒の多いことで知られるキノール地方から来たそうですが、ふたりとも身寄りのない孤児だそうです。
タシとクンガはいつも一緒、赤い服が似合ってますね。なにが楽しいのかいつもくっつきあって遊んでいます。

小学校の授業が終わり、廊下で古典的?な仕草で肩を組んでいるふたりの少年の澄んだまなざし!ボクたちにもこんな時代があったのでしょうか?
(オマエニカギッテハナイ!)はい、そうかも知れません。

この子たちはたぶん姉弟ではありません。でも、ホームの子どもたちはみんな家族同様です。当たり前のように手をつないで暮らしています。

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# by kuukuu_minami | 2009-04-24 17:24
チベットの子ども村  その1
ダラムサラ・レポート再開です。

ダラムサラに "Tibetan Children's Village" チベットのこども村(略称TCV)というチベット難民の子どもたちのための学校があります。
1960年、すでにインドに亡命していたダライ・ラマ法王14世がチベットの未来を担う子どもたちのために創設した学校です。

いまでは、インド国内だけでも北のラダック地方、南のバンガロールなどを含め多くのTCVがあり、15000人以上の子どもたちが学んでいます。

TCVではホームと呼ばれる寄宿舎に幼児から15歳くらいまでの子どもたちが共同生活をしています。子どもたちは、朝5時半の起床からみんなが助けあって食事、掃除、洗濯までこなして行きます。大きな子が小さな子を助けながら暮らしている様子は、子どもたちが難民なのだということを忘れてしまうほど自然なやさしさに溢れています。

ホームではホームマザーと呼ばれる保母さんが子どもたちと起居をともにしながら子どもたちを守っています。マザーの多くもヒマラヤを越えて亡命して来たのです。

今回の「チベットの子ども村」はダラムサラのTCVにフォトジャーナリストの野田雅也さんといっしょに何度も通った記録です。写真は延べ15枚掲載する予定です。みなさん、もう少しの辛抱です、最後まで追いかけてくださいね。

ちなみにTCVのレポートは6月発売の「月刊クーヨン」に3ページですが文章・南椌椌、写真・野田雅也で掲載される予定です。原稿は写真もふくめて今日すべて送ることができました。乞うご期待です。

(この日記の写真はすべて月桃先生の写真です。本人はかなりいいのでは!と思っているようですが、野田氏の写真はやっぱプロです。月桃先生はそれはカメラの違いなのだと言い張って、キャノンのD50というデジカメを買うぞ!と息巻いておりましたが、奥さんのS姫から「弘法筆を選ばずっていつも言ってたのは誰!」と一喝されあえなく消沈でありました。)

写真上:早朝5時頃のダラムサラのTCVホームの風景。なかではホームマザーの仕事が始まっています。

写真中:ホーム7の男の子の部屋、2段ベッドに小さな子はふたりでふとんにくるまっていました。ひとり写っているのはパルデン少年、この時は髪の毛がありましたが、次ぎに行ったときには丸坊主でした。頭におできが出来ていたらしく薬がたっぷり塗られていました。

写真下:朝のごはんです。ほとんど金属製の容器に一品だけの料理ですが、お祈りは決して欠かさず、ゆっくり残さずいただきます。

(以下はたぶん明日です。)
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# by kuukuu_minami | 2009-04-23 00:37
空想料理店  プラス!
ダラムサラの中原くんから
ルンタ・レストランの近影が届きました。
諸国ガイジンさんがたくさん写ってる写真と
厨房の女性スタッフの写真がほしいとお願いしてたのです。

そう、日頃店内はこんな感じです。
諸国ガイジンさんはダラムサラで出会っていっしょにごはんを食べてまたそれぞれの旅に出るということが多いように思います。

ルンタには風の馬という意味があります。
チベットには家の屋上や寺の中央、山頂、峠、橋や水辺などに、経文を印刷した魔除けと祈りの旗「ルンタ」を掲げる習慣があります。
旗の中央には「風」「速さ」を象徴する馬が描かれていて、これは、願いごとが早く成就することを意味します。
ルンタの旗(タルチョと言います)が山頂などにはためいているのを見るとチベット人の祈る姿が思い浮かびます。

(追記)
これを読んだダラムサラの中原君からルンタとタルチョについて詳しい解説が届きました。生半可な知識で書いちゃいけまへんな。以下参照してください。

南くんへ、<ルンタ=風の馬>はいいのですが、<ルンタ=タルチョ>じゃないのです。ルンタは最初は、、、昔昔(2000年ほど前)ある南の島に美しい女性に化けた、羅刹女たちの住む島がありました。
漂流しその島に辿り着いた男たちは、女達に騙され結婚し子供までつくりました。女たちは島の南に行ってはいけないと常に男たちに警告していました。
しかし、ある男がある満月の日に、、、、ああ、話が長くなるので中略、

満月の日、空駆ける白い馬が現れ男たちはそのしっぽに捕まり、島を脱出することができました。しかし、馬は決して妻子のことを思い後ろを振り返るな、振り返れば落ちよう、と言いました。多くの男たちは振り返り落ちて行ったのです。

とこれは紀元前後の仏教説話。
これが後に大乗の観音信仰と結びつき、、、中略、
チベットに仏教とともに伝わり、ボン教的影響も少し加味され、意願成就の風習となった。
まずはこの馬だけを小さな10センチ四方の紙に印刷したものを何百枚も束にしたものを、風の吹く、山の頂上、峠、聖地など精霊/風の馬の居そうな場所で空に意気よい良く投げ上げる。紙切れが風に乗って空に舞い上がって遠くまで散っていく、とルンタが仏のところへ飛んで行って願いが叶うような気がするというわけです。

タルチョ(祈りの旗)の中にはいろんなお経、神仏が描かれ(印刷され)ます。
その中もっともポピュラーなのがルンタなのです。
ルンタが描かれたタルチョをルンタと呼ぶ人も稀にいます。
でももともとは別物です。

(以下は写真の説明です)

諸国外人さんの中の美人さんはきっと中原好みかも・・・背景に下がってる旗は去年ポレポレ坐でやったイベントでこどもたちと一緒に作ったタルチョです。

厨房の中、右から2番目がルンタ・レストランのママ、直子さんです。いつもにこやかおっとりとして頼りがいがある素敵な日本女性です。
パッサンがきょうは帽子をかぶってないですね。
ちょっと大柄のチベタン女性・・・名前忘れてしまった・・・いつも明るく冗談っぽく仕事しています。
この厨房からみんなの歌がなくなってしまったら寂しいけど、それはチベットがまた大きな犠牲を払うときかも知れません・・・。

みなさん、いつかダラムサラの空想料理店、訪ねてみては?
きっと、なにかが見つかるかも!です。
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# by kuukuu_minami | 2009-04-17 22:40
ダラムサラの空想料理店  その3
ある日のルンタ・レストラン

ルンタ・レストランの直子さんとソナムの娘さん、チュニがテラスで自転車に乗っています。後ろの山には梨の花が美しく咲いています・・・。
ダラムサラは坂道だらけでしかも石がごろごろの凸凹道なので、ボクが滞在中自転車を見たのはルンタのテラスだけでした。もしかしたらダラムサラで唯一の自転車かも知れません。
チュニはきれいでしょ!それにチュニが着ているTシャツはナント月桃先生の象さんTシャツです、なんという偶然、世の中こんなことがあるんですね??

中の写真はレストランでいちゃつく問題のカップルです。天然パーマのチベタンはツェリンといってダラムサラではちょっとした有名人です。眼鏡の日本人はMr. N2、チベット問題を最も先鋭的に追いかけているフォトジャーナリストで、今回、ネパール・ヒマラヤの標高5700メートルのチベット人亡命ルートまでの苛酷な取材の帰途ダラムサラに滞在していました。月桃とは一緒にずいぶん回ってくれました。
見ての通り、ツェリンとMr. N2はただならぬ関係に陥り、これでチベット支援など出来るのかと周囲は気を揉みましたが、本人たちはただじゃれ合ってるだけだから心配するなと言いたげでした。
ツェリンはデモの時、足場の危うい柵の上でチベット国旗を激しく振り続け、ほとんどトランス状態になっているようでしたが、実際会ってみると本当にやさしく穏やかでスキンシップの大好きな男です。スキンシップの相手は男性、女性まったくお構いなしなんです。こんなチベット難民もいるんですね・・・感動の人物でした。

下の写真の男の子もルンタ・ハウスで働く亡命者の子どもです。
チベット人は仏教哲学に慣れ親しんでいるせいか、ものごとを曖昧にすることより真実を究めようとする態度が自然にあらわれます。この子も一緒にちぎり絵を作って遊んでいたのですが、曖昧で主観的な創作作業よりも糊の入った容器の構造にぐぐっと関心を注ぎはじめました。こうやって糊の容器の底から見ると、世界というものがやはり「空」なるものだと悟ったのか、しばし後にはすべてを放り出して遊びに行ってしまいました。

ルンタ・レストラン・レポートはこれにておしまい。
次回からいよいよ "Tibetan Children's Village" について報告します。
もう少しでダラムサラ日記も終わりますから辛抱して読んでみてくださいませ!
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# by kuukuu_minami | 2009-04-17 17:00