高田渡こと渡ちゃんが死んでしまって、もう半年の月日が過ぎてしまった。月並みな言い方だけど本当に時間の経つのは早い。渡ちゃんが釧路で死んだという知らせをもらい、渡ちゃんの部屋で渡ちゃんの棺が着くのを親しかった友人たちとともに何を話すでもなくじっと待っていた4月16日のこと、吉祥寺教会で行われた葬儀ミサのこと、4月28日に小金井公会堂で行われた「渡ちゃんを送る会」のこと、すべてがついこの前のことのようであり、またもうずっと昔のことのようでもある。
実際、渡ちゃんはこの世に存在していたのだろうか?あの名曲「ブラザー軒」の中に出てくる死んだおやじのように、はじめから死んでいるのに平気で自転車に乗ってたり、やたら飲んでクダまいて人のこと怒鳴りつけたり、半端じゃない笑顔で誰をも幸せな気分にさせたりしてたのではないか。なによりもあの誰にもまねの出来ない歌そのものだってそうだ。渡ちゃんの声はこの世のものじゃない、普通に生きている奴があんな歌を歌えるわけがない。本当に死んでしまったあと繰り返し聴いている渡ちゃんのCDがそのことを教えてくれるのだ。 でもね、あたりまえだけど渡ちゃんは生きていたんだよね。 ことし2005年3月30日に僕は札幌で渡ちゃんと会っていた。4月3日の釧路でのライブのあと渡ちゃんは倒れてしまったので、その4日前のことになる。もう春といってもよい季節だったが、その日の札幌は時折思い出したように吹雪いており路面にはまだうず高く雪が積み上げられていた。 そのころ僕ははじめての札幌での個展を開いており、たまたま渡ちゃんの北海道ツアーの初日だったその日、渡ちゃんは個展会場の「みんたる」という北大近くの小さな店に来てくれたのだ。 同じ吉祥寺を根城にしているのにそんなに頻繁に渡ちゃんと会えるわけではなかった。とくにKuuKuuがなくなってしまってからは偶然「いせや」で飲んでいる渡ちゃんに出会って立ち話をする程度になってしまっていたので、この日の札幌での再会はとても嬉しいものだった。 「みんたる」に僕とは知り合ったばかりの札幌在住の金井さんに連れられて入ってきた渡ちゃんを見たとき、ああ来てくれたんだという喜びと同時に「渡ちゃん、大丈夫かな?」という気持ちがよぎったことをよく覚えている。久しぶりに会った渡ちゃんは驚くほど疲れているように見えたのだ。すぐに僕の横に座った渡ちゃんはなんだかとても小さくなっていて、いつものように焼酎のお湯割りを頼んだのに小さなグラス一杯のお湯割りを1時間くらいかけても全部は飲むことをしなかった。会話もこころなしかとぎれがちで、これから始まる北海道ツアーのことを丁寧に話してくれる話し方はいつもどおり上品でまっすぐな感じだったけど、別れ際に「渡ちゃん、がんばってね!」と声をかけた僕に「がんばってるよ〜!」と答えてくれたその言葉は僕には「がんばってるよ〜、でもいつまでがんばれって言うんだい?」って確かに聞こえたような気がしたのだった。 金井さんの運転する赤いカローラ(たぶん)が渡ちゃんを乗せて走り出したとき、また雪がはげしく舞い始め、その中を渡ちゃんは自分で車の窓をあけていつまでも手をふってくれていたのだった。僕が渡ちゃんと会ったのはそれが最後になってしまった。 渡ちゃんが死んで、渡ちゃんを本当に愛していた多くの友人たちに混じって追悼の行事に参加させてもらったのだが、僕にはどうしても渡ちゃんが死んだとは思えなかった。渡ちゃんの部屋で釧路から帰ってきた渡ちゃんを迎えた時も、葬儀を終えて骨になった渡ちゃんを見ても、ここにいるのが渡ちゃんだとはとても思えなかったのだ。そのことに理屈をつけて考えたことはないのだが、 親しい人が死ぬということをたくさん経験してきた僕にはそれが渡ちゃんだからというのではなく、すべての死がどこか虚構の世界に属することなのだという風に思いたいという力が自然に働いてしまうのかも知れない。現実を見ることをいつも避けてきた僕の弱さゆえのことだとは判っているのだが、渡ちゃんに関して言えば、またそれだけではないような気がするのも確かなのだ。 なによりも自分の胸の中にいる渡ちゃんの存在の強さ、彼の死後毎日のように聴いている渡ちゃんの歌の大きさ、その重さは確かに生きているし、まぎれもなく温もりさえ感じられるのだ。 はじめの方に書いた「ブラザー軒」のなかの死んだおやじのように始めから死んでいたのかも知れない渡ちゃんは逆に二度と死んだりしないということなのかも知れない。 死んでしまった渡ちゃんとのことばかり書いていたのでは寂しすぎるので、いくつもある面白いエピソードのなかから僕のやっている吉祥寺のカレー屋「まめ蔵」にまつわることを書いてみたい。 1978年開店後間もない頃に渡ちゃんは「まめ蔵」にやって来た。それまでにライブハウスやどこかで何度か会っていたのだが、まだそんなに親しくはなっていなかったと思う。カレーが売り物のの喫茶店としてオープンしたての店に渡ちゃんは自分で作ったお手製のカレーをパックに詰めてやって来た。「これ食べて見てよ」といたずらっぽく笑ってみせた渡ちゃんだったが、開店当初の不慣れな厨房で僕はちょっと困ったような顔をしていたのだろう。カウンターの横に立って笑っている渡ちゃんは「早くあっためて食え!」と促してるようなので僕は仕方なく暖めて食べてみた。それはキーマカレー風の挽肉がたっぷり入った、かなりいけるカレーだった。「うん、おいしいよ、渡ちゃん」と言うと渡ちゃんは「そうだろ!」と嬉しそうにしてスキップしながら帰って行ったのだ。(おおげさだけど) カレー屋に自分の作ったカレーを持ってきて店主に食べさせ、何も注文しないで嬉しそうに帰る。これが渡ちゃんと「まめ蔵」の初めての出会いだったのだ。それからというもの渡ちゃんは何度となく「まめ蔵」にやって来た。とくに渡ちゃんの息子さんの漣君がまめ蔵でアルバイトをしていた5,6年の間は頻繁に顔を出してくれたものだ。いつも人なつっこい笑顔を浮かべてふらっと入ってきては冗談を散りばめながら白ワインを1,2杯ひっかけてさっと帰る。もちろんそれから彼はいせやで本格的に飲むわけなのだが。考えてみれば、渡ちゃんがカレー屋まめ蔵でカレーを食べたことは25年後のたった一回の例外をのぞいて一度もなかったのではないかと思う。まったくおかしな常連客だったのだ。 その一回の例外というのは、3年ほど前の1月の寒い頃、どうしても断り切れずに受けてしまったカレー特集のテレビ取材の時だった。吉祥寺のカレー屋といえば「まめ蔵」、吉祥寺といえばフォークの町、フォークといえば高田渡というわけで、なんとかまめ蔵でカレーを食べる高田渡のシーンを撮ってみたいというディレクターの懇願にまけて、僕はしぶしぶ渡ちゃんに電話をしたのだった。渡ちゃんはまめ蔵で一度もカレーを食べたことがないのだし、それより店の宣伝みたいなことに渡ちゃんを引っ張り出すなんてできないなあ・・・と僕はかなり消極的だったのだが、意外にも渡ちゃんは二つ返事で引き受けてくれたのだった。 まめ蔵で長い間バイトをしていた漣君のことや漣君とKuuKuuで働いていたマッキィが出会って結婚し、渡ちゃんにとってはお孫さんになる月歩や真帆が生まれたってことなんかもあって、引き受けてくれたのかななどと後から僕は考えたりもしたのだが、そんなことよりただ、「まめ蔵の宣伝になるんならいいよ!」って言ってくれた渡ちゃんの言葉が嬉しかった。 撮影当日はすごく寒い日で、渡ちゃんは南米のインディオがかぶるような帽子をかぶってくわえタバコでやって来た。それからたった2分くらいの放映時間のために2時間くらいをかけて撮影が行われた。ディレクターの紋切り型の質問をことごとく外して意外な方向から答える渡ちゃんはさすがだったが、いざカレーを食べるシーンになると「ここのカレーは昔から変わらない味がいいんだよね、うん、うまいよ・・・・」などと話してくれたのだった。 僕はちょっと驚いてしまったが、なんだか無性に嬉しかったのだ。「昔から変わらない味」ていうのはたしかにそうなんだけど、渡ちゃんは僕がいない時に一度くらいは食べたことがあったのかなあ、でも、あえてそのことを確かめることはしなかった 撮影が終わって、一緒にいつもの白ワインを飲みながら「ありがとう」を言うと渡ちゃんは「あんなんでよかったかな、あれでまめ蔵の宣伝になるならそれでいいんだよ」と言って、じゃあまた!と店を出て行ったのだった。 なつかしい高田渡と僕のカレー屋「まめ蔵」のささやかなエピソードでありました。 写真は2005年3月30日、札幌「みんたる」で。この数日後、釧路で渡ちゃんは倒れ、不帰の人となりました。 ![]()
by kuukuu_minami
| 2006-04-07 13:57
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