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百済の桃
これも再録です。
新井高子さんという詩人の個人詩誌「ミて」に載せていただいた詩です。久しぶりに詩のようなものを書いたのですが、テーマはここでも桃。ちょっと長いけど、よかったら読んでみてチョーダイ!

百済の桃

処暑の意味を思い出そうとしながら
茫々の頭脳の夏が命じるままに
おぼろ豆腐を買いに隣町の新しい生協へ行ったのだ
暑さの夏は去れ、処暑よ来い

迂回して自転車はまた迂回して生協に着いた
おぼろ豆腐は賞味期限ぎりぎりの山積みであり
ほかに客の姿とて見えず
すこし不安になったがさもありなん
初めての店でおぼろ豆腐だけ買うのもなんだな
店内をぶつぶつとひとめぐりしたがやはり
おぼろ豆腐ふたつだけ買って外に出ると
夏の夕方だというのに空はまっ暗で
いまにも生半可ではない夕立がやってきそうな気配である

小走りで自転車を取りに行くと
鍵をかけ忘れた使用一年ほどの自転車は
案の定盗まれていて歩くしか算段はない

歩くのは慣れているがこのあたりには慣れてない
あちこちで猫が低すぎる姿勢で消えてゆく
折から大粒の雨が無情にも降りだした
よくは知らない道道で雨宿りせねばならぬ
遠くで響いていた雷鳴が今ではすぐ頭上で鳴っている
ついてないなあどうしよう生協まで戻って傘捜してみるか
濡れねずみのすこし手前で戻った生協は
あろうことかもう閉まっていていちめんに人影もない

暗い生協の軒をかりて待つしかないのだった
やがてふしぎなことだが
さらさらの蚊帳らしきものが目の前に下りてくる
雨のカーテンなどではないな
こういうのは決して苦手ではないはずと思いながら
夕立が去るまでの辛抱だと目をつむる

目をつむって目を開けば
あたりはすこしづつ明るくなりはじめ
なにやら白っぽい人影がゆらめいている
妙だなおかしいなと思って目を凝らしてみると
生協だとばかり思っていたそこは
いにしえの百済の都の野天の市場で
耳には親しいが意味のわからぬ古代半島のことばが賑やかだ

野天の市場ではさまざまな商いが立っている
人々は頭上にものをのせて麗しく行き交い
おぼろ豆腐をもって突っ立っている異邦の男などには
だれひとり目もくれぬのだ玄妙ではないか

これは夢なのか文学なのかと訝るほかはないのだが
ふと見ると長い髪を無造作にたばねた女がこちらを見ている
女は美しい仕草で桃を買えというのか
塔のようにまっすぐに立っている桃を指差して
あらがえぬ方法で手招きするのだ
十の桃をひとつづつ重ねて一本の塔にして
桃を売るのなど見たことも聞いたこともない危ういではないか

もとより桃は最愛の果実なりせば
いにしえの百済の都で桃を買うという経験は
これを逃したら二度とはあるまい
ももふたつとわが母国語を声にだす
女はたちどころに理解してふたつの桃をさしだすのだ
ああ、はて払いはどうすればよいのか
持っていたおぼろ豆腐をひとつさしだすと
百済の女はふたつほしいというまなざしで
もうひとつのおぼろ豆腐を正直に見ている
ぶつぶつ交換にしてはやや分が悪いが
百済の桃の誘惑には勝てるはずもない
百済の女はしなやかな手つきでふたつの桃を
つる草を編んだ百済のふくろに入れ
おまけだといってきなこ飴もふたつつけてくれた

きなこ飴をしゃぶりながら
ふしぎな百済ことばの渦を身にまとい
やはり玄妙なことだ面妖というべきか
生なりの装束の白っぽい人々のたたずまいに
われを忘れているとつめたい風が一陣また一陣
百済の都にもいきなりの夕立が襲ってくる
百済ことばで夕立はなんというのか
市場の白っぽい人々はあれというまに
そこかしこ足早に消えてゆく
桃売りの女もてのひらに盛った最後のおぼろ豆腐を
上手に口のなかに放り込むと
黄ばんだ行李をかかえて西のほうへ消えていった
忘れがたい百済の夏の光景である

さてこれからどうすればよいのか
考えるまでもないことだった
ふたつの桃をかかえたまま
濡れるにまかせ帰るしかないではありませんか
口のなかのきなこ飴のざらざらが
幸せなほどになつかしかった
by kuukuu_minami | 2006-04-28 10:05


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