ダラムサラは標高1700〜1800メートル、ヒマラヤ山脈の前峰5000メートル級の山に抱かれるような高原にあります。 晴れた日に見える万年雪のヒマラヤの峰には何故か微かな動悸にも似た胸騒ぎを覚えます。 ダラムサラのマクロード・ガンジというところがチベット人が多く住む地区で、中原君の家はそこから凸凹道を15分くらい下った谷に面した絶景の場所です。そこから毎日ヒマラヤを望見してたらどうしてももっと近くまで行きたくなりました。 上の写真でまだらな雪山の前方になだらかな鞍部になってるところがトリウンドと呼ばれる峠です。標高3000メートルくらいで、そこまでは大体4時間くらい、登山路もしっかりしていて茶屋もいくつかあると聞き、ある朝ふと思い立ってひとりで歩きはじめました。 歩き始めはかなり不安でした。 もともと山好きで若い頃にはけっこう山歩きをしたものでした。あまり高山歩きはしませんでしたが、奥秩父や北八ヶ岳の山が好きで山小屋泊まりの縦走も何回かしたことがありました。でも、最後の山歩きからもう15年以上経っています。日頃の不摂生で体力は完全に衰えているはずです。岩だらけの急な登山路を4時間・・・もつかなあと、でも大丈夫でした。 昔から山に入ると野性が目覚めるというか、俄然元気になって休みなくどどっと登れたのですが、今回もそれに似た感じになりました。 途中の風景の素晴らしさ、ほとんど人に会わない快適さもあいまって、予定よりかなり早くトリウンドまで着くことができました。 中の写真:少し標高を上げて行くと、ヒマラヤシャクナゲという深紅の花樹が多くなります。日本のシャクナゲとは趣が異なり、かなりの高木になりますし、谷にせり出して花をつけたりしています。この花でジャムを作るととても綺麗なジャムができると聞いたので、がんばってたくさんの花を摘んで持って帰りました。そして毎日のように通ったルンタレストランの直子さんにすぐにジャムししてもらいました。東京でジャム作りをしているもとKuuKuuのスタッフ・evaへのおみやげにしようと思ったのです。 下の写真:茶屋やロッジに荷揚げする驢馬の隊列に会いました。カランコロンと鈴を鳴らして岩だらけのゴロタ道を黙々と歩いておりました。驢馬くん、キミたちは偉いよ、まったく。 #
by kuukuu_minami
| 2009-04-09 12:30
上:本当になつかしいような里山の風景です。
写真ではわかりませんが、段々畑もひろがり、必ず牛が草を噛み犬が遊んでいます。 中:「このおじさんだれなの?」 「こわくないくーくーさんだよ」 「へんなおっさん!」 下:お母さんと小さな子ども、お母さんのまなざしに引きつけられました。 つぎにダラムサラに行ったら またこんなインドの村を歩きたいなあ、と思います。 #
by kuukuu_minami
| 2009-04-07 22:03
この村はまとまった集落というより
一軒、二軒と山の斜面に家が寄り添うように建っています。 インド人の子供たちはなんとなく静かで深い感じがします。 他者におもねることなくどこか超然とした・・と言えば大げさですが 僕にはとても好感がもてるのでした・・・。 上:お姉ちゃんと弟、妹たち。まなざしが涼しいでしょ。 中:家の軒先で勉強していました、奥ではかわいい妹も。 下:岩の上に座ってどこか遠くを見ていた少年。昔、ボクもこんなだったかなあ・・・? #
by kuukuu_minami
| 2009-04-07 21:58
チベット亡命政権のあるダラムサラはインド北部のヒマーチャル・プラデーシュ州にあります。
デリーから夜行寝台でガタゴト10時間ほどパタンコッタという駅からさらに車で2〜3時間山道を凸凹登っていった山のなかの町です。 ヒマーチャル・プラーデシュ州にはヒマラヤをのぞむ里山の風景が美しい緑豊かな農村地帯が拡がっています。日本のなつかしい田舎の風景にも似ています。 カングラという地方には日本とそっくりな茶畑の風景が拡がっていて、ちょうど4月〜5月の茶摘みの頃にはインドの早乙女たちが色鮮やかなサリーをまとってお茶摘みをしているそうです。カングラのお茶は紅茶ではなく緑茶になります。一缶買って来ました。 なぜ、この地にチベットの亡命政権があるのでしょうか。 1960年当時のインド首相ネルー氏が中国の侵略から逃れ亡命したダライラマ法王とチベット人たちのためにこの土地を用意したことから亡命政権の歴史がはじまりました。 以来50年が経ちましたが、インド人の亡命チベット人への支援は深く広く続いています。決して豊かではないインド人の懐の深さを感じざるを得ません。 ダライラマ法王日本代表部事務所のHPにダラムサラについて記述されています。参考までにお読みください。 http://www.tibethouse.jp/travel/dharamsala/about.html さて、そんなダラムサラの谷のインド人の村を歩きました。 居候させてもらってた中原君の家はヒマラヤの峰も見える絶景の谷に面しているのですが、その谷をくだって向こうの小高い丘の上まで6〜7時間かけてのんびり歩いて来たのです。 うららかな春の里山には梨の白い花が満開で静かで平和な風景が拡がっていました。 僕は旅に出るとだいたいその土地の子どもたちの写真ばかり撮ってしまうのですが、ここでもそうでした。 つづけて9枚の写真をアップしますね。 上:中原君の家の窓から見える風景。なんとも美しい! 中:インドの仲良したち、左はしの女の子は人なつっこくて可愛い!住所教えてくれたので写真を送ってあげよう! 下:村の中にはところどころにヒンディの祠がある。みんな敬虔なヒンディ教徒です。 #
by kuukuu_minami
| 2009-04-07 20:22
ダラムサラ・レポートの続きです 3月10日の集会、デモのあと夕刻からキャンドルを灯しての静かな行進がはじまりました。多くのチベット人、多国籍のサポーターたちが街なかのバスステーションからチベット寺院までの道のりをゆっくりゆっくり歩きます。 途中、風でなんども炎が消えそうになりましたがボクのキャンドルは奇跡的?に最後までもちました・・・「日頃のおこないといの良さ」というアホな想念がよぎりましたが、見事に振り払い、敬虔にチベットで犠牲になったりいまも収容所で苛酷な拷問に耐えている人々のために祈りました。 実際、チベット寺院までのキャンドルの行進は遠いチベット本土に住む人々への共感が届いてくれますようにという共通の意志で貫かれていたように思います。 3月12日には「チベット女性連盟」主催の集会がありました。 この日は「チベット女性蜂起の日」です。50年前の1959年3月12日、ラサで女性達が立ち上がった日です。 集会に先立ち、TIPA (Tibetan Institute of Performing Arts=チベット舞台芸術団)のメンバーによるチベットの国歌の演奏がありました。 下の美女?の写真はなぜか自然にレンズが向かってしまったショットです。別に他意はありません。 #
by kuukuu_minami
| 2009-04-06 23:50
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